格闘家・朝倉未来が発起人を務め、「ABEMA」とASOBISYSTEMが手掛けるガールズグループオーディション『Dark Idol PROJECT』から誕生した8人組アイドルグループ アイドルグループ・Toi Toi Toiが結成1周年を迎えた。華やかなステージに立つ彼女たちだが、その裏側には想像を絶する波乱万丈な人生があった。今回はメンバーのさくらもも、星野ティナの二人に、これまでの歩みと、今この場所に懸ける想いを深く語ってもらった。 ◇ ◇ ◇ ――まずは、ももさんのこれまでの経歴を教えてください。 「私は転勤族で色んな場所を回りましたが、一番長いのは香川県です。でも、小学校で香川に転校した時、標準語だったり制服を少し可愛く着崩していただけで『都会ぶってる』といじめられてしまって。教科書が違うとか、そんな些細な理由で辛い思いをしました。そんな時期、映画『バーレスク』を観て、『いつかこんなステージで踊りたい!』と衝撃を受けたんです。それが原点ですね。18歳になってすぐにでも東京のショーダンサーとして働きたかったんですが、当時は『200人に1人しか受からない』なんて噂を聞いて尻込みしてしまって。一度は諦めて、地元で佐川急便のドライバーとして働いていました」 ――意外な経歴ですね。そこからどうやって一歩を踏み出したんですか。 「転機は、おばあちゃんが亡くなったことでした。『次に来た時、あの喫茶店に行こうね』と約束していたのに、その1週間後に突然。その時、人生で一番大きな後悔をしたんです。『後悔ってこんなに苦しいんだ。もう2度とこんな思いはしたくない』って。 そこからは早かったです。19歳の時、GUで大人っぽい黒のタイトワンピースを買って、六本木の街へ。お店に『どうしても見たいんです!』と突撃して、ショーを観た瞬間に『やっぱりここで働かなきゃ』と確信しました。ダンスの経歴も何もなかったけれど、店長さんに直談判して面接してもらえることになって。 ちょうどその頃、ドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』の密着の話も舞い込んできて。佐川急便を辞める手続きをしながらの激動の1か月が放送され、ありがたいことに大きな反響をいただきました」 ――ショーの世界で頂点を極めた後、なぜ「アイドル」の道へ。 「総選挙で1位をいただき殿堂入りした時、初めて『ホッとした』というか、満足してしまった自分がいたんです。でも、『このまま落ちていくだけなのかな』と思ったら新しい夢が欲しくなって。そんな時に見たFRUITS ZIPPERの松本かれんさんが本当にキラキラしていて、初めて見た時に涙が出ました。 『私もこうなりたい』と思ったけれど、この年齢からアイドルなんて……とまた諦めそうになりました。でも、『Dark Idol』のオーディションで同世代の子たちが必死に第2の人生を歩もうとしているのを見て、「ここで諦めたらまた一生後悔する!」と。募集は終わっていたけれど、社長に直接DMを送りました」