「どんどん軽くなって…冷たくなって…」シンナーで死んだ教え子と「あんたが殺したんだよ」夜回り先生を変えた専門医の言葉【夏休み・薬物に手を出さないで(3)】

”夜回り先生”水谷修さんの講演会。 その実施回数は5200回にのぼる。 半数以上が学校での講演だ。 しかし、学校側の予算には限りがある。 そのため、移動や宿泊にかかる費用など不足する分は水谷さんが私費を投入してきた。 今、その資金も枯渇しているという。 一人でも多くの子供たちに「いのちの授業」を届けたいという思いを実現するため、水谷さんは今年3月〜4月にかけ「夜回り先生の講演会を全国のこどもたちに」と題したクラウドファンディングを立ち上げた。 1000万円集めて学校など100校での講演を目指すという内容だった。 集まった支援金の総額は1176万7000円。 水谷さんは支援金に私費を加え、2027年3月までに予定より50校多い150校で講演を行うことを決断した。 今年70歳となる”夜回り先生”水谷修さん。 新たな形で学校での講演会に臨んでいる。 ”夜回り先生”水谷修さんの講演は(1)〜(6)で掲載しています。【(1)から読む】 ■マサフミの死「体から真っ赤な血がどんどん流れて…あいつがどんどん軽くなって…冷たくなって…白くなって…」 水谷さんはシンナー中毒だった教え子「マサフミ」の死と「水谷先生、あんたが殺したんだよ」と語った薬物依存症の専門医の言葉について話した。 1991年6月25日午前2時、マサフミは自宅近くの公園で仲間2人とシンナーを吸い、フラフラになってダンプカーに飛び込んで即死した。 病院の処置室で、水谷さんはマサフミの体を抱いて洗った。 水谷修さん(夜回り先生) 「あいつの体からありとあらゆるものが真っ赤な血がどんどんどんどんどんどん流れてって、あいつがこの手の中でどんどん軽くなって、どんどん冷たくなって、どんどん白くなって」 頭を潰されていたマサフミの顔を、水谷さんは医師や看護師と一緒に形を整え、包帯を巻いて母親に会わせた。 ■訪れた暴走族 マサフミの母親「お前たちがマサフミ殺したんだ」 2日後の通夜。 暴走族が300台以上のバイクで追悼暴走し、花束を持って現れた。 水谷修さん(夜回り先生) 「お母さんの顔が鬼に変わった。裸足で飛び出して行って首根っこ掴んで『人殺し、人殺し、お前たちがマサフミ殺したんだ。マサフミ返せ、マサフミ返せ』泣き崩れました。『お母さん、勘弁してやってください。こいつらも俺の可愛い可愛い生徒なんです。お前たち、お母さんのおっしゃってること分かるな。誰だ?マサフミにシンナーを教えたの?誰なんだ?マサフミにシンナーを渡したの?こんな悲しいこと2度と繰り返すな。花束置いてっていい。静かに散れ」 六十数束の花束が綺麗にマサフミを覆いました。 お母さん朝まで何やってたと思います? 『馬鹿野郎』叫びながらその花束1つ1つ持って外飛び出して、地面に叩きつけて、足で踏みにじって。 花には罪はない、でも止めれなかった。 朝まで黙々と片付けました。

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