日の丸焼却事件から39年 国旗損壊罪が13日施行、抗議を封じる第一歩と家族は危惧

1987年10月、沖縄県読谷村の国民体育大会(国体)会場で、掲揚されている日の丸を焼き捨てる事件があった。終戦直前に集団自決があった読谷村の人々は「国の教育の犠牲になった」との思いが強く、日の丸掲揚の強要に抗議したためだ。あれから39年。国旗を傷つける行為に罰則を科す日本国旗損壊罪法が13日に施行された。事件の当事者家族は今、「国への抗議を封じる第一歩になってしまう」と語る。 87年10月26日、読谷村の知花昌一さん(78)は村内の沖縄国体ソフトボール競技会場で掲揚台によじ登り、ロープを切断して日の丸を下ろした後、ライターで焼却。器物損壊容疑などで逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けた。「日の丸焼却事件」として全国的に注目され、自民党は国旗損壊罪が必要な理由として事例の一つに挙げた。 なぜ昌一さんは事件を起こしたのか。

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