米国のトランプ政権は、ICC(国際刑事裁判所)や、そのトップである赤根智子所長を制裁対象に指定した。早稲田大学公共政策研究所の渡瀬裕哉さんは「赤根所長個人への制裁に対し、同情が寄せられるのは当然だろう。ただ、国際政治の現実において、個人への同情と国家の政策判断は切り離して考えるべきだ」という――。■ICC制裁は「トランプの暴走」ではない 2026年8月、米国のトランプ政権はICC(国際刑事裁判所)所長・赤根智子氏を含む複数の関係者を制裁対象に追加した。さらに10月、ICC自体に対する制裁を発表している。日本のメディアはこれを「法の支配への挑戦」「国際刑事司法の解体」といった調子で報じ、高市政権の及び腰な対応を批判する識者も多い。 しかし、この一連の報道には根本的な見落としがある。今回の制裁は、トランプという一人の指導者の気まぐれや衝動ではなく、米国が半世紀近くにわたって維持してきた対ICC政策の延長線上にある一貫した行動であり、法の支配の観点からも十分な論拠を持つものだということだ。 そもそも米国は、クリントン政権末期に同裁判所の設立条約である「ローマ規程」へ署名したものの、ブッシュ政権発足後の2002年には「署名の撤回」という異例の措置を取り、以後一度もICCに加盟していない。オバマ政権ですら、ICCとの限定的な協力関係を模索しつつも、米国民をICCの管轄権に服させる意思は一切示さなかった。■発端は「非加盟国」イスラエルへの逮捕状 つまり、共和党であれ民主党であれ、米国の指導層はICCという超国家的な司法機関が自国の主権に介入することを一貫して拒み続けてきたのである。今回のトランプ政権の制裁を「トランプ個人の暴走」と捉えるのは、この数十年にわたる米国の国家意思の連続性を無視した、あまりに近視眼的な見方だと言わざるを得ない。 では、なぜ米国はICCに対して否定的な態度を取り続けているのだろうか。その背景を知るために、今回の赤根所長らに制裁を加えた事件を見ていこう。 今回の制裁の直接の引き金は、ICCがイスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に対して戦争犯罪容疑で逮捕状を発行したことにある。 ここで重要なのは、イスラエルもまた米国と同様にローマ規程の非締約国だという事実である。自国が同意も批准もしていない条約に基づく国際機関が、自国の指導者や軍関係者を訴追の対象にする行為、これは米国から見れば、単なる人権擁護の名を借りた越権行為であり、主権国家の意思決定を無効化しようとする「超国家機関による統治」に他ならない。