作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は日本社会と性犯罪について。 * * * 少し前のこと。朝のラッシュ時の某JR駅で“痴漢”(という言葉はなるべく使いたくないのだけど、便宜上使います)で捕まっている男を見かけた。若い男だった。“痴漢”とわかったのは、男を取り囲む警察官数人が「臀部を触った」などと話しているのが聞こえたのと、少し離れたところに深刻な顔をした女性が警察官と話していたからだ。狭いホームには人が溢れんばかりに行き交っていたが、男を気にかける人はほとんどいなかった。痴漢で捕まっている男など、東京では珍しい光景ではないのかもしれない。 「日本に帰ると、気が付かされる気持ち悪さがある」 最近仕事で出会った女性の言葉だ。20年以上イギリスに暮らしている彼女は、イギリスでは感じない“眼差し”を日本にいると感じると言う。それは若い女性を値踏みするような視線であったり、“若くない”女性への侮蔑的な振る舞いであったり、感じる者にしか感じられないもので、言語化が難しい日本の空気である。特に電車の中で「それ」を感じると彼女は言うのだが、それはそうだろう。電車の中が特別なわけではなく、電車とは、この国の「公共」をわかりやすく体感できる空間だからだ。 その彼女が、イギリスから帰国してすぐ、電車内で痴漢を捕まえた。若い男が寝たふりをしながら、隣で寝ている女性の太ももを触ったのだ。その様子を目の前にいた別の女性が動画で撮影し「この人痴漢です」と叫び、その声に彼女はとっさに男の腕を掴み、「痴漢です」と叫んだ女性と一緒に男をひきずりおろして駅員に引き渡した。 「日本に帰ってきて数日なのに、こんな体験をするなんて」と彼女はため息をついた。イギリスにだって性犯罪はある。でも、電車の中で堂々と女性の体を触る男がいることは考えられない。なによりロンドンに20年間暮らしていて、彼女が痴漢にあったのは路上で1度だけだという。 さらに彼女が驚いたのは、痴漢をつき出した時に、車内の男性が誰一人関わろうとしなかったことだった。とっさに動き、男をひきずりおろしたのは、その場にいた女性2人だった。それにしてもとっさに男の腕を掴めるなんてすごいですね、と私が感心すると、彼女はこう言うのだった。