転職にも潜む営業秘密漏洩、4年で7倍に 「かっぱ寿司」は罰金3000万円

競合他社から転職してきたばかりなのに、早くも結果を出している営業社員がいる。「自社の売り上げ拡大に大きく貢献してくれる、素晴らしい人材だ」。そんな風に安心していたら、ある日突然、警察が会社に乗り込んできた。この社員、どうやら以前の職場で厳重管理されていた顧客名簿を持ち出していたらしい。ニュースで社名が報じられ、会社の評判は大きく傷ついた。結局、たった1人の不届きの転職者によって、会社が窮地に追い込まれてしまった――。 「うちはそんな事件とは無縁」。そんな風に考えていては危険だ。雇用の流動性が高まった現在、誰しもこうした営業秘密の漏洩事件とは無関係ではいられず、企業もまた警戒を怠ってはいられない状況になっている。 ●増加する営業秘密の漏洩 公的なデータからも営業秘密の漏洩が深刻化している現状がうかがえる。独立行政法人の情報処理推進機構(IPA)が2025年1月に実施し、8月に結果を発表した、企業の情報セキュリティーの実務担当者や経営者ら1200人を対象とした調査によれば、過去5年以内に営業秘密の漏洩事例を認識した割合は35.5%に上った。 ちなみに20年10~11月の調査では、この割合はわずか5.2%だった。わずか4年余りで約7倍にまで増加したということだ。漏洩先は「国内の競合他社」との回答が最も多く、54.2%となっている。 警察庁のデータからも、情報漏洩の増加は明らかだ。全国の警察が24年に検挙した営業秘密侵害事件は22件。過去10年で最も高かったのは22年(29件)だが、相談件数は24年が最多で79件に上った。 リスクを未然に防ぐために「会社で知り得た全ての情報を営業秘密とする誓約書を従業員に書かせよう」と考える経営者もいるかもしれない。だが、こうした契約書を書かせたからといって安心はできない。在職時に得たノウハウなどを、退職した従業員が転職先で活用していれば、即、営業秘密の侵害として訴えられるのかというと、事はそう単純ではない。 企業が持つノウハウや情報を「営業秘密」として守るためには、法的な枠組みにおける定義に対応する必要がある。刑事罰も規定している不正競争防止法(不競法)で認められる「営業秘密」として情報を保全するためには① 秘密管理性 ② 有用性 ③ 非公知性――の3要件全てを満たす必要がある。 最も重要なのが秘密管理性だ。これは従業員や取引先に対し「これは機密情報である」と認識させているかどうかが問われる。例えば、「在職中に知り得た会社の機密情報、ノウハウなどは退職後も一切漏らさない」といった誓約書を提出させたとしよう。それなのに転職した社員が取引先情報を持ち出し転用していた場合はどうなるか。ちなみに取引先情報は社員の在職時、パソコン上にパスワードなどを付与せずに保存されていた。 こうしたケースでは「秘密管理性」が成立しない可能性が高い。「秘密管理性が認められるには、『これは会社が秘密情報として管理している』と従業員に認識させる必要がある。例としてファイルへのアクセス制限や閲覧にパスワード入力を求めるといった方法が挙げられる」。営業秘密に詳しい岡本直也弁護士はこう指摘する。 ②の有用性に当たる情報とは、事業活動に有用な技術、営業などに関する情報を指す。顧客名簿やマニュアルなどがこれに当たる。そして③の非公知性は公開されていない情報、容易に知ることができない情報を指す。一般的な刊行物などで入手できる情報は非公知に当たらないことになる。 「ガバナンス」のほかの記事を見る ・「二人三脚できず残念…」サントリー鳥井社長の当惑 新浪会長、突然の辞任 ・取締役会事務局を強化せよ 役員の調整役から経営のけん引役へ ・オルツの不正会計、経営陣の暴走を社内外のガバナンスが防げず ●長引く訴訟はブランド毀損にも 近年は大手企業でも転職が一般化し、人材の流動性は高まっている。競合に所属していた人材を迎え入れている企業も少なくないだろう。ただし競合他社の営業秘密を不正に使用したことが明るみに出て、事件に発展すれば、企業はブランドイメージを大きく損なうことになる。 大きな注目を浴びた裁判例もある。回転ずしチェーン「かっぱ寿司」の運営会社カッパ・クリエイトはその代表例だろう。 22年、ゼンショーホールディングス(HD)が運営する競合「はま寿司」の営業秘密を不正に取得したとして、カッパ社の社長を務めていた人物が逮捕された。刑事裁判では23年に元社長が執行猶予付き有罪判決を受けている。 元社長はかつて在籍していたゼンショーHDの商品原価や仕入れデータといった営業秘密をカッパ社に転職した後に用い、はま寿司とかっぱ寿司の商品原価を比較したデータファイルを作るなどしていた。 法人であるカッパ社も不正競争防止法違反(営業秘密侵害)罪に問われた。従業員らが業務上の違法行為を行った場合は法人も罰せられる「両罰規定」が適用されたのだ。結果、24年に一審の東京地裁で罰金3000万円の判決を受け、二審の東京高裁でも判決が維持された。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加