人が人に接触して情報を収集する活動を「ヒュミント(HUMINT)」といい、時に国の機密情報が漏洩する事態にまで発展することがあります。このヒュミントについて、一社)日本カウンターインテリジェンス協会代表理事で、諜報事件の捜査従事した経験を持つ稲村悠さんは、「相手を籠絡することで、他の情報収集手段では到達できないような情報を提供させるほどの強力な力を発揮する」と語ります。そこで今回は、稲村さんの著書『謀略の技術-スパイが実践する籠絡(ヒュミント)の手法』から一部を抜粋し、さまざまなヒュミントの手法をご紹介します。 * * * * * * * ◆ソ連・ロシア情報機関 ソ連・ロシア情報機関の手法を論じるにあたって、注目すべき点がある。それは、時代とともに組織名称が変わっていったとしても、「人間の心理と欲求を正確に突き、ターゲットを抱き込む」という根本の戦略が一貫して継承されている点である。 旧ソ連国家保安委員会(KGB)が活発に活動していた冷戦期には、イデオロギー対立の図式が勧誘工作で大きく意識されていた。ソ連のスパイ網「ケンブリッジ・ファイブ」を代表例に、共産主義思想にシンパシーを抱くインテリ層が、自身のイデオロギーに沿ってソ連に協力してしまう例があった。 だが、KGBの手口は決してイデオロギー一辺倒ではない。家族関係や性的スキャンダルなどの弱みを握ったうえで脅迫したり、時には買収するなど、多彩なアプローチを同時並行的に行っていた。 英情報局秘密情報部(MI6)の二重スパイであったオレグ・ゴルディエフスキーと歴史学者クリストファー・アンドリューの著書『KGB: The Inside Story』やKGBのマニュアル文書によれば、標的が金銭的に行き詰まっているのか、性的スキャンダルに巻き込まれているのか、あるいは家庭内トラブルを抱えているのかに関心を寄せ、それらを把握することを非常に重要視している。 ここで言う「性的スキャンダル」とは、不倫関係であったり、買春に手を染めていたりすることを言う。あるいは性癖や性的嗜好を隠しているケースなど、当時の社会道徳や法制度で咎められやすい事柄を幅広く含むとされる。