遺族の思いが捜査の進展につながった――。名古屋市西区のアパートで住人の女性(当時32)が殺害された事件は、26年の時を経て、容疑者が殺人の疑いで逮捕された。2010年の法改正まで、殺人罪などには公訴時効があり、未解決のまま捜査が終わる可能性もあった。事態が動いた背景には、「逃げ得は許さない」と時効の廃止を求めて、社会に訴えてきた遺族たちの思いがある。 殺人罪の公訴時効が廃止されていなければ、2014年11月に捜査は打ち切られていたかもしれない。 「今から考えると、(私たちの事件の)時効15年は短かった。本来なら解決していない事件で、時効をなくして本当によかった」。高羽奈美子さん(当時32)の夫、悟さん(69)はそう語る。 時効廃止の議論は、殺人事件の被害者の遺族らの「『逃げ得』は許さない」という強い思いから動き出した。 2000年末、東京都世田谷区の住宅で一家4人が殺害された。事件発生時から退職するまで捜査に関わってきた元警視庁幹部の土田猛さん(77)は、「事件に強制的に区切りをつける時効さえなければいいんじゃないか」と考え、未解決事件の遺族たちと09年に「宙(そら)の会」を設立した。 天海としさん(63)も時効廃止を訴えてきた遺族だ。天海さんの妹・加藤利代さん(当時38)と妹の子ども3人は、04年9月9日、愛知県豊明市沓掛町の住宅で殺害され、21年を経た今も犯人は見つかっていない。天海さんも宙の会に加わった。 宙の会は2度にわたり、集めた計7万3471筆の署名を法務省に提出。世論の追い風を受け、10年4月27日に刑事訴訟法などは改正、即日施行され、殺人罪や強盗殺人罪などの時効は廃止となった。 当時、国会の傍聴席で、法改正を悟さんと見届けた天海さんは、「泣きました。まだ事件は解決していないけど、たった一つだけ、妹たちに報告できる良い知らせだったから」と振り返る。 ■「犯人に伝えたい」 今回、高羽さんの事件が26年ぶりに動いたことで、天海さんは「次は私たちの番」と思いを新たにした、という。 「私は犯人に『あなたが捕まるまで絶対に死なないよ』って伝えたい」 ただし、時効の廃止には課題も指摘されてきた。「未解決事件」として半永久的に捜査を続ける必要が生じ、目撃者の記憶があいまいになるなど証拠収集・維持の困難さ、捜査員の確保の難しさなどが指摘され、裁判での立証のハードルも上がる。 日本弁護士連合会は、長期間で証拠が劣化したなかでの検挙は冤罪につながる可能性があるとして、捜査資料や証拠物の適正な保管、取り調べの録音・録画(可視化)などを求めてきた。一方、警察庁はDNA型鑑定の資料を適切に保存するため、全国の警察に1300台超の冷凍庫を整備。殺人といった裁判員裁判の対象となる事件では、逮捕後の取り調べの全過程で、19年6月から可視化が義務づけられている。(堀内未希、藤田大道)