【社説】金融とモラル 顧客裏切る犯罪許されぬ

金融業界で働く人には、高い専門性と職業倫理が求められる。それが社会的な信頼の基盤である。関係者は肝に銘じ、倫理観の向上に努めてほしい。 職業倫理を持ち出したのは理由がある。日本を代表する金融企業の社員による悪質な事件が相次いでいるからだ。 野村証券の元社員が先日、強盗殺人未遂と現住建造物等放火の罪で起訴された。 元社員は広島支店に勤務していた7月、顧客の80代夫婦宅で睡眠作用のある薬物を妻に服用させ昏睡(こんすい)状態にして、押し入れにあった現金約1800万円を盗み、放火して殺害しようとしたとされる。夫婦は逃げて無事だった。 野村証券によると、元社員は個人や法人の顧客に資産管理をアドバイスする業務に従事していた。事件当日は日曜で、社内ルールで必要な上司の事前承認を得ずに夫婦宅を訪問していたという。 個人が金融サービスを利用する場合、担当者に収入や保有資産を説明し、資産形成に専門的なアドバイスをもらうのが一般的だろう。個人情報を伝えるのは、企業や担当者を信用しているからだ。 顔見知りになった営業担当者から、資産どころか、命までも狙われるとは誰も考えまい。うちは大丈夫だろうか、と不安に感じた人は少なくないはずだ。 闇バイト関連の強盗事件多発による体感治安の悪化に拍車をかけかねない。 こちらも想像を絶する。 三菱UFJ銀行は、東京都内の2支店で貸金庫から顧客の金品を繰り返し盗んだとして、管理者だった行員を懲戒解雇した。 2020年4月から24年10月までの約4年半で約60人が被害に遭い、金額は時価で十数億円に上るという。 顧客が貸金庫に預けた金品を盗むことは、顧客の信頼や銀行の信用を踏みにじる行為だ。4年以上も犯行に気付かなかった銀行の管理体制も厳しく問われるべきだ。 大金を扱う金融業界では不祥事が絶えない。誘惑に負けて犯罪に手を染める人を根絶できないのが現実だ。 顧客の生命を脅かしたり、貸金庫から顧客の資産を盗んだりするのは常軌を逸する。モラルの著しい欠如に驚くしかない。 野村証券は元社員の逮捕から1カ月以上たった3日になって、ようやく奥田健太郎社長らが記者会見を開いた。再発防止のための対策と役員計10人の報酬の一部自主返上を発表した。 会見では、犯行の動機は分からないとの説明だった。そのような状態では、実効性のある対策を打つのは難しい。裁判で明らかになる事実を踏まえ、さらなる対策の検討が必要だろう。 当該企業だけではなく、業界の信用をも揺るがす事件である。事件の背景をしっかり分析し、信用の回復に全力で取り組んでもらいたい。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加