戦火の狭間で揺れるイラン市民「私たちはみんな疲れ切っている」

アメリカとイスラエルによる攻撃、イラン政府の報復、そして脆い停戦。戦争の応酬のなかで、最も大きな代償を払っているのは市民たちだ。通信遮断、インフラ不安、経済悪化、深まる分断――。テヘランに暮らす人々の証言から、イラン社会の疲弊と、それでも失われていない連帯の感覚を追う。 ◎通信遮断のなかで続く日常 続くインターネット遮断と絶え間ない緊張のなかで、マリアムはテヘランの自宅から短いメッセージを断続的に送ってくる。ほかの多くのイラン人と同じく、彼女もアメリカとイスラエルによる攻撃が始まって以来、戦時下の暮らしを強いられている。 イラン当局は国家安全保障上の措置として、ほぼ全国規模のインターネット遮断を実施した。オンラインにつながるには、闇市場で高額なVPNを入手するか、Starlinkに頼るしかない。それでも、1日に数分ほど不安定な接続を確保するのがやっとだ。 より安定した接続は、いわゆる「ホワイトSIMカード」を持つ人々に限られることが多い。これは通常、政府関係者や体制寄りの記者、あるいは個人的なコネクションを持つ者に発行されるもので、通信環境の格差を際立たせている。このデジタル上の孤立は恐怖と不確実さをさらに深め、市民が家族の無事を確認したり、警報情報にアクセスしたり、政権が統制する言説の外側で何が起きているのかを共有したりすることを、いっそう難しくしている。 「私たちにはあまりにも大きな圧力がかかっていて、何も考えられません。私たちはみんな疲れ切っています」 3月下旬、マリアムはWhatsAppでそう書いた。 ◎停戦後も消えない不安 その疲弊の背景には、何カ月にもわたる緊張の連鎖がある。今年に入って以来、イランでは治安部隊による大規模な弾圧が続き、何千人もの抗議者が殺害された。続いて、アメリカとイスラエルによる攻撃で政府高官が多数死亡。イラン政府は地域一帯への報復攻撃で応じ、衝突はさらに広がり、数千人の民間人が命を落とした。その戦闘が、ようやく脆い停戦によっていったん和らいだばかりだ。 イランとアメリカの停戦が始まってから1週間が過ぎても、マリアムが語った感覚は消えていない。国内では武装検問所、処刑、新たな逮捕についての報告が相次ぎ、不安はむしろ強まっている。多くのイラン人にとって、戦闘の停止は束の間の安堵にすぎない。その先に何が待っているのか、明確な見通しはほとんどない。 「これまでに起きた出来事や、政権が人々にしてきたことを考えると、私たちはみんな外国からの支援を望むようになっていました」 治安上の理由から仮名で取材に応じたアーティストのマリアムはそう語る。 ◎外国の介入をめぐる揺れる感情 当時、人権や解放の名のもとに語られる外国からの介入は、一部の人にとって最後の手段のように映っていた。政府のもとでは組織的な反対運動の余地がほとんどなく、国内からの変化は不可能に思われたからだ。マリアムもまた、国内から状況が変わることにほとんど希望を持てず、身動きの取れない感覚にとらわれていたという。 「彼らは私たちのために何ひとつしてくれませんでした。私たちを囚人のように扱うんです」 だが、戦争が始まり、その様相が変化していくなかで、人々の見方がひとつの方向へ傾いたわけではない。 「私の考えでは、どんな国であれ、たとえ『人道的』という名目でも、外国が介入するのは受け入れられません。正しいことだとは思えません」 そう話すのは、匿名を条件に取材に応じたテヘラン在住のイラン人、アルシアだ。彼は、イランの人々には自らの運命を自ら決める権利があるべきだと考えており、それは以前から変わらない立場だという。一方で、この数カ月の戦争を通じて、周囲の空気も変わっていったと振り返る。 「最初の頃は、戦争をあからさまに支持する人たちがいました。『トランプ、行動してくれ』『ありがとう、トランプ』と叫んでいたんです」 イラン国内から流れた動画には、そうした生々しい期待が映っていた。戦争初期の空爆で最高指導者アリー・ハメネイが死亡したあと、多くの人がそれを祝福する一方、体制支持者たちはその死を悼んでいた。 一方で、別の人々はもっと複雑な反応を示していた。国家への明確な支持ではないが、ナショナリズムを帯びた感情だった。 「そのニュースを聞いたとき、うれしかったとも言えないし、悲しかったとも言えませんでした。ただ不安だったんです。何かが動き出してしまった、危険な何かが」

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