【独自】明倫中マット死事件 賠償金を支払わず、逃げ得は許されるか…「時効にさせない」3度目の判決が浮き彫りにした司法の限界 遺族と元生徒、33年間続く対立(山形・新庄市)

1993年、山形県新庄市の中学校で起きた痛ましい「マット死事件」。発生から30年以上が経過した現在も、事件は本当の意味での解決を迎えていません。 7月15日、山形地裁で言い渡された異例の「3度目の民事裁判」の判決を通し、事件の経緯、対立する双方の主張、そして現在の司法制度が抱える浮き彫りになった問題点を整理します。 ■事件の経緯とこれまでの裁判 事件の発端から、なぜ3度目となる裁判が行われるに至ったのか、これまでの経緯を振り返ります。 1993年1月、新庄市立明倫中学校(当時)の体育館で、中学1年の男子生徒が体操用マットの中心部の空洞に逆さに押し込まれ、放置されて死亡する事件が発生しました。 この事件で同級生ら元生徒7人が傷害と監禁致死容疑で逮捕・補導されました。 その後、遺族が起こした民事裁判において、2005年9月に裁判所は元生徒7人の関与を認定し、総額約5760万円の損害賠償支払いを命じる判決が確定しました。 ■7人に自発的な支払い意思はなかった しかし、7人からの自発的な賠償金の支払いはなく、遺族は給与差し押さえなどの強制執行を実施することになります。 このうち4人からは賠償金の一部を回収したものの、残り3人は勤務先が不明などの理由で差し押さえができず、未払いが続きました。 ■時効とも、加害者とも戦った「10年」 損害賠償請求権の時効である10年による消滅を防ぐため、遺族は2016年に未払いの3人を相手取り2度目の提訴を行いました。 そして今回、再び迫る時効を阻止するために起こされた3度目の裁判において、15日、山形地裁は元生徒3人に遅延損害金を含む約1億1200万円の支払いを命じました。 ■双方の主張と埋まらない溝 これまでの裁判、そして今回の第3次訴訟においても、両者の主張は真っ向から対立しています。 遺族側である原告は、事件を風化させない、遺族の悲しみは何年経っても全く癒えることはないと語り、長引く未払い問題への強い憤りと悲痛な思いを訴え続けています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加