矢樹純さんといえば、どんでん返し、どんでん返しと言えば矢樹さん。そんなふうに思っているミステリ、ホラーファンは多いのでは。かくいう私もその一人。「ロックはカミソリではなく鉈(なた)であれ」というのは、ロック評論家であるレスター・バングスの有名な言葉だが、矢樹さんのどんでん返しは、まさに鉈。どすっ、とした重さが読み手の胸に残るのだ。えっ? となった後にくる、ぐはっ。クセになるんですよ、これが。 その矢樹さんが初めて真っ向から警察小説に挑んだのが本書だ。読む前から期待が高まっていたのだが、その期待は読み進めるうちに確信に変わった。矢樹さん、凄い鉱脈を見つけたのでは、と。 舞台となっているのは、神奈川県警だ。刑事総務課犯罪統計係の主任である月代杏果と、係員の根津梗士郎がバディを組んで事件を追う。この二人を、眠れない女と眠らない男にしたことが本書の肝。杏果は2年前の事件がきっかけとなり不眠症に。片や梗士郎は元機動隊所属だったのが、9年前の事故により、1日1時間未満しか眠れない、超ショートスリーパーとなっていた。 刑事総務課というのは、警視庁採用サイトによれば「刑事課の各種資料や書類の保管などの庶務のほか、事件発生時における防犯カメラ映像の回収や解析など主管係の支援を行ってい」る部署のこと。犯罪統計係は、管内で発生・検挙した犯罪データの集計・分析にあたる。現場に出たり、犯人を検挙したりすることはない、デスクワークである。そんな部署に属する二人を、どう動かすのか。 元々は本部の捜査一課の刑事だった杏果は、ある失態を犯したことで今の部署に異動となった。自業自得であり、当初は「拝命したからには精一杯取り組むつもりだった」杏果だが、「今はできる限り早く再び辞令を受け取り、ここから抜け出したい」と思っている。その原因がもう一人の係員である梗士郎だ。いくらショートスリーパーとはいえ、当直明けで34時間連続勤務の部下を、上司としては、見過ごせない。けれど、「帰って寝なさい」と命じても、自分は眠れないのだから、「帰っても休めないなら、仕事をしていた方が良くないですか」と平然と言い返されてしまうのだ。 そればかりではない。捜査資料に疑問が生じると、それが深夜であろうとその疑問を糾(ただ)すために他部署に乗り込み、当直の課員に担当者と話をさせるように要求したりもする。後で梗士郎の尻拭いをさせられる杏果にしてみれば、たまったもんじゃない。 とはいえ、梗士郎のこの集中力というか、執着力が、事件の真相解明に繋がっていることも事実。加えて、彼には眠っている間、起きている間に読み込んだ資料が蓄積されることで「とても長い夢」を見、その夢が事件解明の鍵となる、という特殊能力があるのだ。 本書で描かれている個々の事件は、彼のその特殊能力を基に、杏果と梗士郎が動き出し、真実に導かれていく。風変わりではあるけれど、少しずつお互いを信頼して、支え合うバディになっていく二人の関係性も読みどころの一つ。 更なる読みどころは、それらの事件と並行して描かれる、ある事件の行方だ。30年前、杏果の姉・桃果は誘拐され、殺害されていた。杏果は、犯罪被害者の遺族なのだ。犯人は逮捕され服役中。だが、この“終わったはずの事件”の資料を、何故か梗士郎が読み込んでいて……。 描かれている事件には、それぞれに思いがけない事実が隠されていて、矢樹さんならではのどんでん返しの醍醐味もたっぷりと味わえる。眠れない、と、眠らない、真逆な「睡眠問題」を抱える二人(梗士郎のほうは、それほど問題とは捉えてはいないようだが)が、この先、更なる事件とどんなふうに向き合い、解明していくのか。本書では明かされなかった、9年前の梗士郎の事故の詳細も含め、続編が待ち遠しい。