今、米露というふたつの大国から圧力を受ける日本人判事がいる。国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長だ。背景にあるのは、ICCが出した逮捕状だが、ICCには容疑者を捕まえる能力がない。それでもなぜ、大国はここまで警戒するのか。国際法学者の村瀬信也(しんや)氏に、ICCを巡る国際法の限界と可能性を聞いた。 * * * 【逮捕状は出せても逮捕はできない】 8月18日、アメリカのトランプ政権が国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長らを制裁対象に指定した。米国内の保有資産凍結などを伴う措置で、翌19日、日本の外務省は「大変残念」というコメントを出した。 赤根氏は長く検察官を務め、2018年にICC判事に就任。24年3月、日本人として初めてICC所長に選出された。実はその前年に、ロシアのプーチン大統領に逮捕状を出した3人の判事のひとりでもある。これに反発したロシアは同年7月、赤根氏を指名手配リストに載せた。 つまり今、ひとりの日本人判事がロシアから指名手配され、アメリカからも制裁を受けているのだ。 なぜ、赤根氏はここまで目の敵にされるのか。その理由は、彼女が所長を務めるICCという存在にある。プーチンやトランプといった超大国のトップが、この組織のどこに神経をとがらせるのか。 上智大学名誉教授で、09年から22年まで国連国際法委員会(ILC)委員を務めた国際法学者・村瀬信也氏は、今回の赤根氏への制裁についてこう話す。 「赤根さんとは、ICCに赴任される際に一度だけ、ご挨拶したことがあります。トランプ大統領の彼女に対する制裁は、あまりのバカバカしさに言葉もありません」 では、赤根氏が所長を務めるICCとは、そもそも何をする場所なのか。 「ICCは簡単に言えば、戦争犯罪など重大な国際犯罪について、"個人の刑事責任"を問うための裁判所です。国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)とは違い、大統領や政府・軍の幹部など、ひとりひとりを対象にします」 ICCはオランダ・ハーグに置かれた常設の国際裁判所で、対象となるのは集団殺害罪、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪などだ。例えばウクライナを巡っては、ロシアという国家ではなく、プーチン大統領本人を訴追の対象にしている。