インテリジェンス(情報活動)の機能強化を巡り、政府は月内にもスパイ防止関連法案の提出に向けた有識者会議を設置する。司令塔となる「国家情報会議」の設置に続く機能強化策の第2弾で、外国政府のためにロビー活動を行う人への登録義務付けや、捜査令状なしで通信傍受を行う行政傍受の導入が柱。スパイの定義は曖昧で、市民活動の萎縮や国による監視強化が懸念される中、人権侵害に歯止めをかける具体策が求められる。 スパイ防止関連法案は、高市早苗首相が「国論を二分する政策」と位置づける肝いりの政策。首相は7月末の記者会見で「外国による不当な干渉防止の強化など自由、人権とのバランスに配慮して検討を進める」と強調し、制定に向け意欲をのぞかせた。 政府はインテリジェンス機能強化の第1弾として、7月末に国家情報会議と国家情報局を開設。第2弾となるスパイ防止関連法案は来年の通常国会にも成立させたい考えで、その後は海外で諜報(ちょうほう)活動を行う専門機関「対外情報庁」の設置を視野に入れる。 自民党は関連法案制定に向け、7月にまとめた提言で「外国干渉防止法」の創設を盛り込んだ。外国政府のためにロビー活動を行う場合、登録を義務付ける「外国代理人登録制度」を導入した上で、外国勢力による不当な影響工作や海外への情報漏えいに刑事罰を科す。安全保障のために捜査令状なしで通信傍受を行う「行政傍受」の導入も提言している。 自民インテリジェンス戦略本部長を務める小林鷹之政調会長は「外国情報機関の活動はサイバー攻撃や選挙、世論に対する隠れた働きかけなど急速に多様化している」と必要性を強調する。 日本国内で諜報活動が行われている可能性は否定できない。米紙ニューヨーク・タイムズは今年7月、ロシアが2022年にウクライナに侵攻して以降、日本が西側諸国から追放されたロシア人スパイの拠点になっていると報じた。外国勢力による交流サイト(SNS)を通じた選挙介入についても、日本政府は日本が対象になっているとの認識を示している。 だが、スパイ防止関連法案が想定するスパイの定義は現時点で不明確だ。外国勢力による秘密の窃取や影響力工作に対応する防諜を想定しているとみられるものの、スパイは市民を装って活動するのが一般的。行政傍受を導入すれば、電話やメール、SNSなど市民同士のさまざまなツールのやりとりが監視される恐れがある。 政府・与党内でも慎重論は根強い。自民閣僚経験者は「憲法が保障する通信の秘密が守られるような監督の仕組みなどの歯止めが必要だ」とくぎをさす。政府関係者は「犯罪捜査のための『司法傍受』なら犯人を捕まえるためという説明がつきやすいが、行政傍受は何が対象かわかりづらい。政府機関でさえ対象になり得てしまう」と困惑する。 外国代理人登録制度では、どのような人を代理人と定義するかが論点となる。報道関係者や研究者、文化交流団体の関係者などにも登録を義務付ければ、活動を萎縮させかねない。日弁連は「外国人排斥の声が高まる状況で、外国代理人登録により社会評価を低下させ、活動の支障となることも考えられる」と反対声明を出している。 刑事罰を科すことで、冤罪(えんざい)を招く恐れもある。 2020年、経済産業省の許可なく生物兵器に転用可能な機器を不正輸出したとして大川原化工機の社長らが逮捕・起訴された事件で、裁判所は警視庁公安部の捜査や検察の起訴について違法性を認定した。 当時の安倍晋三政権が経済安全保障を強化する中、警視庁公安部が当初の見立てにこだわり、独自の解釈で立件に突き進んだためで、政権の意向に沿おうと功を焦った可能性は否定できない。スパイ防止関連法制定で権限が拡大されれば、同様の過ちが繰り返される可能性がある。 国民の権利を制限する恐れをはらむスパイ防止関連法案。政府が思い描くように、有識者会議の議論を経て、来年の通常国会で成立するかどうかは見通せない。 法案は1985年、中曽根康弘政権下で自民が議員立法で法案を提出。外交や防衛に関する秘密漏えいの最高刑を死刑とし、世論の反発を受けて廃案に追い込まれた経緯がある。政府高官は「より丁寧な議論と国民への説明が必要になってくるだろう」と語る。