1997年5月20日、東京地検特捜部は、第一勧業銀行本店への強制捜査に踏み切った。戦後最大級の総会屋事件は、日本を代表する金融機関の中枢にまで捜査の手が及ぶ、前代未聞の展開を迎えた。その突破口を開いたのが、当時31歳の応援検事、葉玉匡美だった。総会屋・小池隆一側に流れた巨額の資金。その背後には、第一勧銀が二つのノンバンクを介して資金を流す「迂回融資」の仕組みがあった。葉玉は、関係者の供述と物的証拠を突き合わせ、同社の上層部が関与していた実態を突き止めた。それまで捜査の壁となっていた「銀行本体の関与」を裏付ける決定的な証拠だった。金融ビッグバンを目前に控え、金融機関と総会屋など反社会的勢力との癒着を断ち切ることが求められていた時代。しかし、巨大銀行の本店は、検察にとっても容易には踏み込めない“聖域”だった。その壁を破ったことで、特捜部は銀行ぐるみの不正の解明に向け、大きく踏み出した。本店への家宅捜索は14時間以上に及び、押収された証拠品は段ボール箱600箱近くに上った。だが、それは捜査の終わりではなく、新たな始まりだった。膨大な資料を読み解く作業の先には、第一勧銀の歴代首脳がどこまで不正融資に関与していたのかという、事件の核心が待ち受けていた。そして、捜査はやがて、銀行と総会屋の癒着という枠を超え、政官財を揺るがす「大蔵省接待汚職事件」へとつながっていく。第一勧銀への強制捜査を起点に、特捜部はいかにして大蔵省の中枢へと迫っていったのか。その過程には、押収資料の一枚一枚から事実を積み上げ、見えなかった資金と人脈の流れを解き明かしていく、地道な捜査の積み重ねがあった。当時の取材記録や関係者の証言をもとに、今だから明かせる捜査の舞台裏を描く。 ■極秘扱いの「総務部メモ」東京地検特捜部の応援検事、葉玉匡美(45期)の目の前には、天井まで積み上げられた段ボール箱の山があった。その膨大な証拠品を前に、葉玉の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。