沖縄で女性が首を絞められて殺された。容疑者は20歳の米軍人だ。今月2日、女性は米軍人で賑わう沖縄市のゲート通りで容疑者と出会い、その夜に2人で那覇市内のラブホテルに入った。翌朝になって女性はベッドの上で首を絞められ亡くなっていた。 事件発覚後すぐに署名運動を立ち上げた人がいる。沖縄で会社を経営するシングルマザーの伊江玲美さん(50)だ。米軍関係者が罪を犯しても組織として責任を負わない体制や、重大犯罪であっても身柄がすぐに引き渡されない現状の改善などを求めて声をあげた。賛同者は2週間で1000人を超え、伊江さんは仲間と共に10月26日に参議院議員会館で緊急院内集会を開いた。 10年前、うるま市でウォーキング途中の女性が米軍属の男に殺害された事件が起きたのが、まるで昨日のことのように思い出される。女性が行方不明になったのが2016年4月、ほぼ白骨化したご遺体が発見されたのが5月半ばだった。それから約1カ月後に行われた6月19日の県民大会に私は参加したのだが、集会の冒頭に読まれた被害者の父親のメッセージは今も忘れない。「娘を最後の犠牲者にしてください」。日陰のない炎天下の広場には6万5000人もの人が集まっていたのに、あの場を支配したのは深い悲しみと怒りの静寂だった。 あの時、私は「きっと変えられるはずだ」と信じた。この悲しみと怒りはきっと現実を変えていく力になるはずだと。でも、実際はそうならなかったことを、今回の事件で突きつけられる。この国は全く動かず、動けず、動こうともせず、アメリカとの関係を変えられない。そうこうするうちに世界はどんどんきな臭くなり、戦争を身近に感じる時代になってしまった。そして今年、沖縄では「誰かのせいにしない」をスローガンに掲げ、辺野古基地移転を推進する知事が圧勝した。この10年、伊江さんたちはどのように過ごし、なぜ今回、声をあげたのだろう。 2022年にウクライナ侵攻が始まったとき、伊江さんは米軍の演習場のある恩納村に暮らしていた。ウクライナ侵攻直後から、キャンプハンセンでは実弾を使った演習が夜も続いたという。ライフル銃などの演習は昼夜を問わない。あるときなど、近所の家の屋根裏にイノシシが入り込んだこともあった。人の暮らすすぐ近くの里山での激しい演習で、山から追い出されるように動物たちが人の暮らす地域にやってくるようになってしまったのだ。