2003年4月、福岡県議選後初の自民党県議団総会。県議会を取り仕切っていた実力者、三木清=故人=が引退したことが引き金となって主導権争いが勃発、その日のうちに15人が離脱して新会派「自民党議員会」を結成した。混乱の中、32人の県議団を率いる会長に就いたのが、当時5期目の蔵内勇夫だった。 「意見の対立が一気に表面化したが、ある意味すっきりした」。就任直後、記者団にこう語った蔵内は、巧みに分裂騒動を収め、頭角を現していく。
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2003年4月、福岡県議選後初の自民党県議団総会。県議会を取り仕切っていた実力者、三木清=故人=が引退したことが引き金となって主導権争いが勃発、その日のうちに15人が離脱して新会派「自民党議員会」を結成した。混乱の中、32人の県議団を率いる会長に就いたのが、当時5期目の蔵内勇夫だった。 「意見の対立が一気に表面化したが、ある意味すっきりした」。就任直後、記者団にこう語った蔵内は、巧みに分裂騒動を収め、頭角を現していく。