俳優内野聖陽(58)が主演する映画「負けへんで」(本木克英監督)が、13日に公開される。大阪地検特捜部を舞台に実際にあった冤罪(えんざい)事件を題材に、巨額詐欺の容疑で逮捕されて248日間も拘束されながら無罪を勝ち取った東証一部上場企業経営者の闘いを描く。関西弁で不屈の男を演じきった内野に聞いた。【小谷野俊哉】 ★大阪の不動産経営者 内野が演じる主人公の藤堂繁は、一部上場の大阪の不動産会社社長でありながら、冤罪で業務上横領容疑で逮捕される。最強の弁護団を結成して無罪を勝ち取るまでの闘い。2019年(令元)に実際にあった山岸忍氏(63)の事件を元にしている。 「やっぱりパワフルな経営者だなっていう印象はあります。この事件のことは、それまで全然知りませんでした。冤罪事件が起きたことを題材にエンターテインメントを作りたいと、本木監督に言われて二つ返事で『やります』って言ったんですけど。法律用語もビジネス用語も多すぎるし、お金の流れも分かりづらい。何度も脚本の吉川次郎さんが書き直してくださって、分かりやすくシンプルになってきたのが撮影ぎりぎり。そこまでが大変で、本当に実現するのか、ちょっと弱気になるぐらい大変でしたね」 検察が引き返せなくなって、冤罪事件が作られていく。今作では無罪判決になったが、そのまま有罪になってしまう場合もある。 「やっぱり主任検事とか、上の方が描いたシナリオ通りに後輩に指示して、供述書を書き取っていく。無理くり、そのシナリオにねじ込んでいくみたいな捜査の仕方っていうのは、怖いよね。特捜部だから、特に。いろんな大きな事件を解決してきているから、やっぱりどこか無限性っていうか、ちょっと立派なものにし過ぎているっていうところがあったんじゃないかと」 ★被害者から話を聞き 検事は元々、正義感がある人間が志望する職業だ。 「最初はみんなピュアな思いで始めるんだけど、組織の中の仕組み、システムがそういう風になっちゃっているところがあるらしくて。日本人が正義のために作って、なのにいつの間にかみんながダメな方に行っちゃう。そもそも99・9%の有罪率っていうのはおかしいんじゃないかって言われてますからね」 映画のモデルとなった冤罪事件の被害者、山岸氏とも対面した。 「会いましたけど、基本的にドキュメンタリーとしてでなく、エンターテインメントとして捉えていたんで。最初の頃は、お会いするのはやめようと思っていた。自分のイメージだけで作り上げようと思っていたんですけど、やっぱり撮影前にいろいろなお話を聞いておきたいなって思って。とても素敵な、人たらしの方でした」 ★機構システムに怖さ 警察、検察が凶悪だという描き方ではなく、そのシステムに冤罪を生む怖さがある、と。 「人間が作った法の世界は、やっぱり完璧じゃないんだなっていうか。僕も最初は、日本の警察機構っていうのは正義の味方だと思っていたので。実はそうでもないところもあるみたいなことは、やっぱり日本人として怖いですよね。人質司法の問題とか。いろいろ難しい問題は専門家の方にお任せしますが。毎日の取り調べで、シナリオ通りに落とそうと。やっぱり精神力の弱い人は、まいっちゃう」 法廷シーンというと熱く語る登場人物がイメージされる。この作品では理詰めで切り崩した映像を法廷で流すとか、新しい手法を紹介した。 「びっくりしましたけど、本木監督がいろいろな方向から撮って、それぞれの役の表情もちゃんと押さえている。なんか、すごいなと思いました。監督さんの力量に敬服しました」 最強の弁護士軍団を見ていて、頼もしさを感じた。 「それもやっぱり、山岸さんのお人柄なのかもしれない。なんか、みんなをそういう心意気にさせるっていうか。許せないものは、許せないっていう風な気持ちにさせる。求心力ある方だったから。逆にね、これがちょっと暴れて適当なおっちゃんだったら、弁護団もあそこまでしなかったんじゃないかな」 弁護士の研修を受けている検察官が、弁護団に加わった。 「初めて知りましたけど、なんかいい立ち位置で。竜星涼君が演じた彼が、弁護士と違った着眼点で、すごくいい仕事をしていた。竜星君も、ものすごく真摯(しんし)に取り組んでよかった。頼もしくて、パワフルで、いい感じでした」 ★どぎつい関西弁苦労 今まで演じたことのない、関西弁のどぎついセリフの役作りに挑んだ。 「苦労しました。関西弁の役は今まで何度かやらせてもらっていますけど。今回は50代とか60代とか、中高年の方が使う、ちょっと濃いめの、場所も大阪という設定。学び直すというか、やっぱり関西弁が一番、僕の自由な演技を引っ張るというか、非常に苦戦しましたね。自由に演技したいんだけど、最終的には音チェックがあるので『ちょいと違いますね、修正』とか。自分の中では関西弁は大きな足かせでした。今でこそ、メディアで関西芸人さんとか増えてきているけど、僕は横浜生まれで、ネイティブの方からすると、ん? っていう」 現在、58歳。大学時代から文学座、朝ドラ、ミュージカル、大河ドラマ、映画と王道を歩いてきた。 「ちょっと節操がないなって思うところもあります。でも、役者ってのはお呼びがかかってなんぼだと。なので、自分でビジョンをあんまり描けない。僕は役をいただいた時に、それに準備ができている肉体と精神でいたいなっていう気がしている。だから、自分の心をなるべく老けさせない努力をしている。体を鍛えて、反射神経も養っている。あとは、お決まりですけど睡眠と栄養と運動の3つは大事にしていますね」 役者という王道の幅を広げながら、力強く歩み続けている。 ▼本木克英監督(62) 内野さんはストイックに魂を削るように役柄に向き合って、主人公の藤堂に成りきってくれました。役柄に入り込んで情熱的に向かい合い、強い芝居を見せてくれました。拘置されている役柄に成りきるため、撮影中はお酒を飲みに出ることなく真っすぐホテルに帰っていました。クランクイン前に2人で、この作品は社会派じゃなくエンターテインメントにしようと。冤罪事件は特殊なものではなく誰にでもあり得るんだと。その上で正義、真実を暴くものでなく、娯楽映画として描きました。 ◆内野聖陽(うちの・せいよう) 1968年(昭43)9月16日、横浜市生まれ。早大政経学部卒。92年(平4)に文学座入所。93年にNHK「街角」でドラマデビュー。96年、NHKテレビ小説「ふたりっ子」。97年、映画「(ハル)」で日本アカデミー賞新人俳優賞。98年、エランドール賞新人賞。00年、ミュージカル「エリザベート」。04年、テレビ朝日系「エースをねらえ」。06年菊田一夫演劇賞。07年、NHK大河「風林火山」に山本勘助役で主演。16年に映画「海難1980」で日本アカデミー賞優秀主演男優賞。21年紫綬褒章。血液型AB。