2月24日に3度目の防衛戦としてダビド・クエジャールの挑戦を受けるWBCバンタム級チャンピオンの中谷潤人。十二分な調整を終え、ついに有明アリーナのリングに上がる。 1月7日に日本を発ち、翌日からスタートしたLAキャンプでは2月5日までに4名のスパーリングパートナーを相手に、計143ラウンド、最終日の6日には1ラウンド10分×4をこなして自分を追い込んだ。28勝無敗(18KO)のクエジャール対策は万全だ。 チャンピオンは笑顔で「いい状態で日本での最終調整に入れます」と話し、2月7日午前10時1分LAX発のデルタ航空7便で東京へ向かった。 搭乗機が離陸してから、3時間ほど睡眠をとった中谷は、自身のスマートフォンにダウンロードした映画『Menace II Society』を再生する。束の間の休息時間となった。 14歳にして「世界チャンピオンになる」と決めた中谷は、高校進学を選ばずに本場でプロ仕込みのボクシングを学んだ。これまでに獲得した世界タイトルはWBOフライ級、同スーパーフライ級、そして現在腰に巻くWBCバンタム級の3本である。3階級を制し、“モンスター”井上尚弥への挑戦も具体化しつつある。そんな中谷は、15歳で単身渡米してから10年強、トレーナーであるルディ・エルナンデスの実家にホームステイした。L A、サウスセントラルの一角だ。 それが『Menace II Society』の舞台となったエリアである。ワッツ、サウスセントラルといった全米有数の危険地帯が写し出されている。1993年5月に上映された同作品は、若干21歳の双子の黒人監督によって撮られた。煌びやかな才能の出現と共に、リアリズムを追求した内容が話題となり、30年以上が経過した今も高評価を受けている。 ティーンネイジャーの黒人たちが貧困に喘ぎ、犯罪に手を染める様、スラムの倫理観、ドラッグ売買、ギャングの抗争、日常的に銃が使用されるサバイバル、そして何とか人生を変えようと試みる若者の葛藤を描いた一本である。 1991年3月16日、サウスセントラルで酒屋を営む韓国人女性によって、15歳の少女が射殺された。1ドル79セントのオレンジジュースを、購入する前にバックパックに入れていた。万引きするなと咎めた店のオーナーと口論になり、その最中に女主人が少女の背後から発砲したのだ。 この少女は、弁護士になる夢を持ち、いつか当地を抜け出したいと願っていた。成績はオールA。手には1ドル札2枚が握られていたので、支払うつもりだった。しかし、未来を築くことなく命を失った。 『Menace II Society』では、冒頭でコリアンが経営する店に入った黒人少年たちが白眼視されるシーンがある。作り手の意図がストレート伝わってくる演出だ。