トランプ政権、ソマリアのISIS拠点を空爆──対テロ戦略の最新動向

トランプ政権の発足から1ヶ月以上が過ぎたが、その関税政策やウクライナ政策などをめぐって諸外国の間では既に動揺や混乱が広がっている。【和田 大樹】 一方、メディアではなかなか報じられないが、トランプ政権は対テロでも動きを見せている。 トランプ大統領は2月1日、SNSへの投稿で、ソマリア北東部プントランドにあるイスラム国系組織「イスラム国ソマリア州(ISS)」の拠点を空爆し、洞窟に潜伏していた複数のテロリストを殺害したと明らかにした。 また、この組織は米国や同盟国を脅かし続け、米国は長年標的してきたが、バイデン前政権が行動を怠ってきたと批判し、米国人を攻撃しようとする者は必ず見つけ出して殺害するなどと投稿した。 第2次トランプ政権発足後、海外での軍事行動を発表したのはこれが初めてとなったが、トランプ大統領は政権1期目の時も、ソマリアを拠点とするアルカイダ系組織アルシャバブへの空爆を実施する時に合わせてISSへの攻撃も行ってきた。 多国籍集団、イスラム国の財政的ハブと化すISS ISSの歴史を簡単に振り返ると、ソマリアでは長年アルシャバブが主要なジハード組織としての地位を確立。 2015年10月、アルシャバブの有力なイデオローグであるアブドゥル・カディール・ムーミン(Abdul Qadir Mumin)がイスラム国への忠誠を宣言(イスラム国中枢は2017年12月にISSを正式に支部と認定)。プントランドを拠点とする分派を形成した。 この動きは、ISがシリアやイラクで勢力を拡大する中で、アフリカでの足がかりを求める戦略の一環だった。 ムーミン率いるISSは当初活動が限定的だったが、2016年10月にカンダラ港を一時占拠するなど組織としての存在感を示し、資金源は恐喝や密輸、不法課税に依存し、主にプントランドの山岳地帯を拠点としている。 アルシャバーブに比べ規模は小さいが、近年では外国人戦闘員の流入や他のイスラム国系組織への送金などにより、地域的な武装闘争のみならず対外的なテロ活動にも比重を置き始めているとの懸念が広がっている。 トランプ政権がISSへの空爆を実施した背景にも、ISSの対外的攻撃性への懸念が考えられる。 今日、ISSは1000人あまりの戦闘員を擁するが、エチオピアやタンザニアなどの近隣国だけでなく、アルジェリア、チュニジア、リビア、モロッコ、パレスチナ自治区、サウジアラビア、シリア、チュニジアなど諸外国から多くの外国人戦闘員が加わる多国籍集団と化している。 ISSに流れ込む外国人戦闘員については、国連安全保障理事会の対テロモニタリングチームが定期的に公表する報告書でも懸念が指摘されている。 今後も外国人戦闘員による攻撃が繰り返されれば、それに魅了された過激派分子たちがいっそうISSに流入する可能性もあろう。 実際、イスラム国の公式プロパガンダでは、ISSによる攻撃に関与するメンバーの国籍数が誇張され、ISSの攻撃や作戦についての映像が公開される頻度が増している。 ちなみに、スウェーデンの首都ストックホルムでは昨年より3月、テロ攻撃を計画していたソマリア人4人が地元警察に逮捕された。 容疑者たちはISSのメンバーと連絡を取っていたとされるが、スウェーデン国内にはかなりの数のソマリア人コミュニティが存在し、スウェーデン警察はソマリアに渡航してISSに参加しようとするスウェーデン国民が急増していると警鐘を鳴らした。 また、ISSはイスラム国のグローバルな活動を継続させるにあたり、財政的なハブとしても機能している。 ISSは地元の企業や港湾に対する広範な恐喝行為を通じて得た収益の一部を、アフリカに拠点を置く他のイスラム国支部やアフガニスタンを拠点とするイスラム国ホラサン州(ISKP)、またトルコや南アフリカなどに存在するイスラム国支持者たちに暗号資産などを通じて送金している。 2023年1月に米軍によって殺害されたISSの資金担当責任者は、ISKPの組織力拡大のため資金を送っていた。以前、ISSはイスラム国ネットワークの中でも小規模な組織だったが、今日ではそのネットワークを維持する上で主要な財政的役割を担っている。 無論、米軍やソマリア政府はISSの規模拡大を抑える上で空爆などを継続し、ISSとアルシャバブは敵チア関係にあることから、ISSが国際安全保障上の深刻な脅威となる現実的可能性は低い。 トランプ政権の外交・安全保障政策の最重要課題は対中国であり、ウクライナや中東など国家間イシューがそれに続き、対テロの優先順位がそれらを抜くことは基本的になかろう。 対外的攻撃性を示すイスラム国ホラサン州 しかし、1つ教訓とすることがある。それは近年のISKPの動向だ。 昨年3月、ロシア・モスクワ郊外にあるコンサートホールに武装した男4人組がホール内に押し入り、観客に向けて銃を無差別に乱射し、140人以上が死亡するテロ事件が発生した。 同年1月にはイラン南東部ケルマンでも革命防衛隊幹部の追悼行事を狙った大規模な自爆テロ事件が発生し、100人あまりが犠牲となった。 両事件で実行犯たちはタジキスタン国籍で、ISKPの犯行とされている。 ISKPは2015年にアフガニスタンで台頭し、元タリバン兵などの地元の戦闘員だけでなく、中東や中央アジア出身の外国人戦闘員らも多く参加し、当時のアフガン政府やイスラム教シーア派のハザラ族、外国駐留部隊などを狙ったテロを繰り返していた。 だが、2021年夏にイスラム主義勢力タリバンが実権を20年ぶりに掌握して以降、タリバンがISKPへの締め付けを強化し、近年ISKPによるテロ事件が減少傾向にある。 しかし、ISKPは近年、アフガニスタン国内にある中国人が宿泊するホテルやロシア大使館、パキスタン大使館など外国権益を狙ったテロを繰り返し、国境を接するタジキスタンやウズベキスタンの領内に向けてロケット弾などを発射するなど、外国権益へのテロを強く意識している。 昨年3月には、ドイツ中部でスウェーデン議会を狙ったテロ攻撃を計画していたとしてアフガニスタン人2人が現地警察に逮捕され、うち1人がISKPのメンバーで、アフガニスタンからテロの計画から実行について具体的な支持を受けていたとされる。 オランダやオーストリアなど他の欧州国でもISKPのメンバーや支持者たちの逮捕が相次いで報告されており、ISKPの対外的攻撃性への懸念は近年強まっている。 ISKPもISSも活動場所は異なるが、イスラム国の地域組織であることに変わりはない。長年、イスラム国の地域支部の活動はあくまでもローカルなものであり、対外的な脅威になるという見方は強くなかった。 しかし、ISKPのように、イスラム国の中枢ではなく地域組織が対外的攻撃性を強めるというリスクが生じる今日、我々はISSを同じような認識に立ってその動向を追っていく必要があろう。

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