米テネシー州メンフィスで2023年、交通違反の取り締まり中に逮捕された黒人男性が3日後に死亡した事件をめぐり、同州で殺人罪などで起訴されていた元警察官3人について、州裁判所の陪審団が7日、無罪評決を言い渡した。 黒人男性のタイリー・ニコルズさん(29)は2023年1月、危険運転をした疑いで逮捕された際に暴行を受け、頭部に多数の打撲を負い、3日後に死亡した。これは検視報告書によって明らかにされている。 この事件をめぐっては、メンフィス警察の黒人警察官5人が免職処分となり、起訴された。また事件を受け、アメリカ各地で警察の暴力に対する抗議が起こった。 テネシー州シェルビー郡の裁判所で陪審団は7日、タダリウス・ビーン被告、ディミトリアス・ヘイリー被告、ジャスティン・スミス・ジュニア被告の3人に対して、第2級殺人罪、加重暴行罪、加重誘拐罪、公務員による不正行為、公権力の乱用など、すべての罪状について無罪評決を言い渡した。 ただし、3人はいずれもこの事件に関する連邦裁判で有罪評決を受けており、今後も長期の服役が見込まれている。 事件に関与したとされる元警官5人のうち残りのデズモンド・ミルズ・ジュニア被告とエミット・マーティン3世被告は、すでに連邦法違反について有罪を認めており、州法違反についても有罪を認める方針のため、今回の審理の対象になっていない。 連邦法違反の犯罪については、司法省が起訴する。有罪になった場合は通常、重い刑罰が科される。 ■「ひどすぎる誤審」と遺族の代表 事件当時、5人はメンフィス警察内の特殊部隊「スコーピオン(さそり)」部隊に所属していた。 「Street Crimes Operation to Restore Peace in Our Neighborhoods(この街に平和を取り戻すための街頭犯罪対策作戦)」を頭文字をとったもので、自動車盗やギャング関連の犯行など、市民への影響が大きい事件に専任するために結成された。同部隊は、ニコルズさんの事件を受けて解散している。 当時、捜査当局が公表した事件の映像には、ニコルズさんが危険運転の疑いで警察に車を止められる様子が映っている。 その後、ニコルズさんと警官らがもみ合いとなり、ニコルズさんが逃れようとする中で、警察官らは催涙スプレーやテーザー銃を使用した。 5人の警察官は少し離れた場所でニコルズさんに追いつき、ニコルズさんが母親を呼ぶ中で暴行を加え始めた。 ニコルズさんはこの3日後に死亡した。検視の結果、鈍的外傷による他殺と判定された。 テネシー州の陪審団は今回、大勢が感情を動かされた9日間の審理を経て、8時間以上にわたる評議の末に評決を下した。 裁判は、判事の判断でメンフィス市外で行われることとなり、メンフィスから約480キロ以上離れたハミルトン郡で実施された。 弁護側は、メンフィス市内では公平な陪審員を選ぶことが困難だと主張していた。 シェルビー郡のスティーヴ・マルロイ地区検事は記者団に対し、自分とニコルズ氏の遺族が「失望し、打ちのめされている」と語った。 「証拠を踏まえれば、遺族がこの結果に憤りを感じるのも理解できる」とマルロイ氏は述べ、「陪審団の判断を尊重するが、我々としては明確に強く異議を唱える」と付け加えた。 ニコルズさんの遺族を代表するベン・クランプ弁護士は、今回の評決は「ひどすぎる誤審だ」とする声明を発表。「守るべき立場にある者たちによってタイリー・ニコルズさんが殴打され、命を奪われる様子を世界中が目撃した」と述べた。 検察側は審理中、警察官らが「その場の空気に飲まれてしまった」と主張した。 ポール・ヘイガーマン検事は、「誰も彼らを怪物とは呼ばない」と述べ、「人を殺すのに怪物である必要はない」と語った。 一方の弁護側は、ニコルズさんが警察官から逃走し、手錠をかけようとする際に抵抗したことが問題の発端だったと主張した。 ■連邦裁判の量刑言い渡しはこれから 今回の州裁判での評決は、2024年に行われた連邦裁判での結果とは対照的な結果になった。連邦裁判では、被告の警察官らが証人への働きかけを行ったとして有罪評決を受けている。 なかでもヘイリー被告は、市民の権利を侵害し、重大な身体的損傷を引き起こすことに対して故意に無関心だったとして有罪とされた。 また、ビーン被告とスミス被告はそれぞれ最長20年の禁錮刑に直面しているほか、ヘイリー被告は連邦裁判で終身刑となる可能性がある。 連邦裁判での量刑言い渡しは、州裁判の終了まで延期されていた。 米司法省は2024年12月、17カ月にわたる調査の末、メンフィス警察が黒人住民に対して過剰な武力行使を常態的に行っていたとする調査結果を発表した。 (英語記事 Ex-police officers acquitted of murder charges in Tyre Nichols beating death)