史上最悪の法律と呼ばれた“治安維持法”から100年 絵を描いただけで逮捕された103歳の男性が人生をかけて語る未来への教訓

史上最悪の法律と呼ばれた“治安維持法”が制定されてから今年で100年が経ちました。 いわれなき罪を背負わされた男性は、いま103歳となりました。 ■治安維持法の脅威 戦前から終戦までの20年間、数々の弾圧事件を引き起こし、史上最悪と呼ばれた法律。 1925年に制定された「治安維持法」です。 終戦の年、GHQの命令で廃止となるまで、国に異議を唱える動きを封じるため、表現や言論の自由を強引に奪いました。 治安維持法犠牲者国会賠償要求同盟 小松実 副会長 「治安維持法体制に決着をつけない限り、この国の憲法も民主主義も生きて花開くことができない」 そんな悪法の犠牲となった人たちへの、謝罪と賠償を求める集いが、2025年も開かれました。 治安維持法による逮捕者は数十万人とされ、1600人を超える命が、死に至る拷問などで奪われました。 ■絵を描いただけで“特高”に逮捕された時代 北海道旭川市の高齢者施設に暮らす、菱谷良一さん(103)は治安維持法で逮捕された一人です。 10年ほど前から取材を重ねてきました。 菱谷良一さん(103) 「絵を描いただけなのに逮捕されて、1年何か月も(刑務所に)突っ込まれてさ、忘れられないよ」 逮捕されたのは、旭川師範学校に通っていた19歳のとき。 1941年、昭和16年のことです。 美術部員だった菱谷さんが当時描いた「話し合う人々」と題された作品です。 当時の特別高等警察=特高は、この絵を問題視して菱谷さんを逮捕。 その際、特高は、絵に描かれた白紙の“本”について「共産主義の本を読んでいるに違いない」と言いがかりをつけたのです。 菱谷良一さん(2020年の取材) 「まずは『お前は共産主義を信奉して、日本を社会主義化するために運動をしたんだろう』と言われた。とんでもないしょ?『いやいや私は…』と言ったら一発殴られた。私まだ20歳前でしょ…少年だわ。おっかないおっさんに殴られたら、びっくりするしょ」 でっち上げの供述調書などから有罪となり、菱谷さんは1年3か月、投獄されました。 ■学生や教師ら26人が一斉に逮捕 “生活図画事件”とは 旭川師範学校で逮捕されたのは、菱谷さんだけではありません。 身の回りの生活を、ありのままに描いた作品は、治安維持法違反とされ、学生や教師ら、26人が逮捕されました。 いわゆる“生活図画事件”です。 菱谷良一さん(2020年の取材) 「あんたらは考えられないだろう?零下30度で暖房もない部屋で、なんもしないで黙っている心境を」 “治安維持法”の狙いは当初、社会主義や共産主義運動の広がりを阻止することでした。 それが、次第に学問や思想、芸術など、対象を拡大させていったのです。 小樽商科大学 荻野富士夫 名誉教授 「戦争に対する非戦であるとか、こういう考え方の土壌を作っていくんではないかと。当時の特高や思想検事たちは、そこに狙いをつけていきました」 いわれのない罪を背負わされた“生活図画事件”。 菱谷さんは、最後の生き証人となりました。 ■“最後の生き証人”が毎年東京へ 今年は…? 定期的に受けている経過観察のため、この日、病院に向かった菱谷さん。 医師 「そこまでひどく進行していなくて、薬で対応できている状態。にっちもさっちも行かなくなったらうちで入院してもらうしかないんですけれども、どうでしょうか」 3年前に「膀胱がん」が見つかりました。 菱谷良一さん(103) 「肉体的に痛いとかかゆいとかそういうのは何にもないの」 手術や治療は、希望していません。 以前と変わらず、元気そうに振る舞いますが、2025年11月で104歳を迎えます。 ともに苦しみを強いられた仲間のために、菱谷さんは毎年5月、東京での国会請願に行くことを使命としています。 ところが…。 菱谷良一さん(103) 「もう行かないよ俺。もう腰動かさん。いまになったら、何もかも面倒くさくなった。どうでもいいや」 「体力と気迫。これが無くなった」 何度ただしても、真剣に向き合わない国の姿勢に、もう請願には行かないと決めたのです。 菱谷良一さん(103) 「賠償金は出せないけれど、みんなで頭下げます…くらいでもいいんだよな。100年前にどれだけね…罪もないのにな」 菱谷さんが座るはずだった国会請願での座席は空席のまま、そこに用意されていました。 治安維持法犠牲者国会賠償要求同盟 田中幹夫 副会長 「いつもここには、昨年は102歳の菱谷良一さんが、お見えになりました。残念ながら今年はいけないということになりました」 戦後80年となり、戦争の証言者たちは少なくなる一方です。 菱谷良一さん(103) 「(車庫の中を)覗いてみるかな」 自由に絵を描くことすら許されなかった、あの時代。 菱谷さんは仕事を定年退職してから絵を描くことを再開し、車庫には自身の作品がずらりと並んでしました。 菱谷良一さん(103) 「これは歌志内の炭鉱」 「これはアメリカのコロラド。これジョン・ウェインだ、懐かしいな~」 「(これは)ばあさん。俺のテーブルの前にいるんだ」 菱谷さんがいま、世の中に望むこと。 菱谷良一さん(103) 「平和と自由で満ち足りた世界にしてほしい。これしかない」 同じ過ちを繰り返さないために、103歳の“生き証人”は、未来へつなぐ教訓を人生をかけて語り続けます。

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