「実感がこもっています。かなりね」 『遠雷』『ウルトラマン80』『釣りバカ日誌』シリーズで知られる俳優の石田えりが、監督・脚本・編集・主演の映画を撮った。稀代の逃亡犯・福田和子の半生を土台にした内容で、石田演じる主人公から見た一人称視点の映像で構成された斬新作だ。 タイトルは『私の見た世界』(7月26日公開)。「私」とはもちろん福田和子のことを指しているのだが、同時に石田自身のことも示しているようだ。 ■かつては殺るか殺られるか 1982年に同僚ホステスを殺害した福田和子は、整形で顔を変え偽名を駆使し、14年間逃亡。逮捕されたのは公訴時効成立の21日前だった。その逃亡の日々は映画やドラマで幾度となく映像化されてきた。 石田自身、福田和子の生き様に琴線を震わせた一人だ。劇中では18歳の頃の福田和子が拘置所内でレイプ被害にあった事実(松山刑務所事件)も描かれており、作品全体を通して女性として受けた悲しみが強調された作りになっている。 「福田和子は殺人という最悪の罪を犯したわけですが、彼女が生きた背景を知ると『悪者』という一言では断罪できない感情も生まれました。彼女を上手く利用した人もいたわけで、法律で罰せられてはいないだけで、人間の質という意味では彼女以上に悪なのではないかと」 福田和子は一線を越えて罪人となったが、「人間なんて何かのはずみで被害者にもなるし加害者にもなるものだと、彼女の人生を通してあらためて考えさせられた」と語る石田も、実はギリギリのところで踏みとどまった過去を持っている。 「血の気が多かったのが原因だと思うけれど、私自身若い頃は殺るか殺られるかのギリギリを生きている自覚がありました。自分の性格上危ないとわかっていたので、直さねばと思っていました。実際に相手を傷つけそうになった時があって『マズい!』と自分の体の一部を血が滲むくらい掴んで必死に堪えた。ギューって3回くらいそれを繰り返したら、憑き物が落ちたように怒りが消えた。性格って直るんだ!とビックリしたことを覚えています。劇中には私が経験したことを何気なく入れているので、実感がこもっています。かなりね」 ■手首を切った過去 福田和子の肉体を利用しようとする男の顔がグロテスクに歪む瞬間もあるが「怖がらせようとか想像で作ったものではなく、私自身も悪魔に魂を売ったような人の顔が実際にそう見える瞬間があったから」と自らの感覚を活かした演出を施したという。 福田和子が手首を切って自殺を図ろうとするシーンもそうだ。血の気が多かった若かりし日の石田の実体験が反映されている。 「あれはたしか27歳か28歳の頃。飛行機のトイレで衝動的にカミソリを使ってやったの。最初はためらい傷みたいになって、これじゃ死ねないぞと力をギュッって入れてみたら超痛くて止めた。洋服にワインの染みもあってそこに血も付いているわけですから、トイレから出て座席に戻るときに乗客からジロジロ見られて…。若い頃は血の気が多くてキレやすかった」と若き日の苦悩を笑顔で教えてくれた。 ■必然的なスタイルで撮る 短編映画の監督経験はあるが、長編映画を監督するのはこれが初めて。それなのにオーソドックスなスタイルではなく、主観映像で構成されたPOVスタイルという挑戦的な表現を選択した。知人たちからは、そのスタイルで成功した映画は観たことがないと猛反対を受けたそうだが、石田は確固たる信念と美意識を持って押し切ったという。 「彼女の手記や関連本を読んだ時に、不思議なくらい映像が頭に思い浮かんだ。売春宿のお風呂に入っている瞬間、すんでのところで警察から逃れた際の風景。福田和子で映画を撮ろうと思った時、自分の中ではスタンダートサイズの一人称映像構成というのは必然というか当たり前に決まっていました」 夢から受けたインスピレーションも背中を押した。 「それは私がお化けのような謎の物体に追いかけられて必死に逃げる夢。逃げても逃げても追いかけて来て、逃げれば逃げるほどそいつは巨大化して恐怖心も肥大化する。でも勇気を振り絞って見てみたら…そいつは消えた。恐怖から解放されるには面と向かって直視するしかないと教えられた気がしました」 福田和子の生き様を直視した石田が次に直視したいのは、今から30年前に起きたとある実体験。「内容の詳細は伏せますが、これは映画にしなければいけないとずっと思っていて。自分の体験だからこそ自分が一番よくわかっているので自分で監督しなければダメだと。外国ロケが必要なので予算はかかりますが、本作を撮ったことでいろいろと勉強になったので、今度はジャンプするかのようにさらなる飛躍を目指します」 早くも映画監督作第2弾の構想を練っている。 (まいどなニュース特約・石井 隼人)