「その年に起きることを予想する」という趣旨で毎年1月に収録され、年末に答え合わせを放送するクイズバラエティ番組「クイズ☆正解は一年後」で、出演者のこんな回答がスタジオの爆笑をさらった。 「ラッパーもちろん逮捕」 その回答に誰もが納得して笑うほど、ラッパー=犯罪のステレオタイプなイメージは広く根付いており、実際、昨年もラッパーの逮捕がいくつも報じられている。その多くは大麻を含む違法薬物の所持によるものだが、やや異例と言える事件が話題を呼んだ。 大麻を使用したり、所持したりして捕まったのではなく、X(旧Twitter)に大麻所持を助長する内容を投稿したということで逮捕されたJNKMNの事件だ。罪名は「麻薬特例法違反(あおり、唆し)」。その後JNKMNはすぐに釈放され、不起訴となったが、ヒップホップシーンで前代未聞の逮捕理由は、議論の的となり、SNSの投稿だけで逮捕されるなら、大麻について書いたラップのリリックは問題ないのかという疑問の声も上がった。 音楽ナタリーでは、この事件にまつわる疑問を解消するため、アディーレ法律事務所の長井健一弁護士に意見を聞いた。なお本稿は大麻使用・所持を含め、法に反する行為を推奨するものではない。 取材・文 / 佐藤良至 ■ 「そそのかし」って何? まずJNKMNの逮捕の根拠となった「麻薬特例法」とはどんな法律なのか? 音楽ナタリーでは、アーティストの逮捕についても数多く報じているが、「麻薬特例法違反(あおり、唆し)」という罪名が登場するのはこれが初だった。罪名で検索すると、著名人では、2ちゃんねる元管理人の西村博之氏が過去にこの容疑で書類送検されたが、不起訴となっている。 「麻薬特例法とは、麻薬、向精神薬、大麻、覚醒剤、あへんといった『規制薬物』に関する法律です。わかりやすく言えば、規制薬物に関するさまざまな行為を取り締まれるよう、カバー範囲を広げるために作られた法律で、この法律の9条では、薬物犯罪の実行や規制薬物の濫用をすることを、公然とあおったり、唆(そそのか)したりした人に対して、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金を科すと規定しています」 JNKMNは「タクシーの運転手にマリワナくさいって言われて通報されそうになったので、いくらタクシーであろうと梱包はちゃんとしたほうがいいです」と2023年12月末に投稿し、2024年2月にその投稿を発見した愛知県警により2024年10月に逮捕されたという。この投稿は薬物犯罪の実行や規制薬物の濫用を“あおったり、そそのかしたり”しているのか。不当な逮捕に当たらないのか。 「具体的に大麻の購入方法などを書いているわけではないので、投稿内容だけを見ると、薬物犯罪(大麻所持)を助長しているとは言いにくいのではないかと思います。ただ前提として、警察は独断で逮捕することはできず、逮捕には裁判官が発行する逮捕状が必要です。したがって逮捕が不当かどうかは、裁判所の判断に対するものになります」 ■ 本当は別の理由で逮捕したかった? JNKMN逮捕後、疑問の声が多く上がった通り、法律の専門家から見ても、強引と言える逮捕だったようだ。しかし、愛知県警は、なぜ逮捕に踏み切ったのだろうか。 「あくまで推測になるのですが、これは表向きの逮捕理由で、本当は大麻所持で逮捕したかったのだと思います。いわゆる別件逮捕です。そもそも投稿が2023年12月にあって、2024年2月に愛知県警がそれを発見してから、10月に逮捕するまで8カ月もある。8カ月も何をやっていたのかというと、おそらく内偵。大麻所持の根拠を集めて、それを押さえるタイミングを伺っていたんだろうと思います。逮捕すると捜索・差押がやりやすくなるので、家宅捜索で1袋でも出てくれば大麻所持で逮捕できる。しかし、今回は大麻所持では立件できないほどの微量しか出てこなかったために不起訴処分となったのでしょう」 JNKMNのようにSNSの投稿で逮捕される事例は多くあるのだろうか。 「SNSの書き込みが原因で逮捕された事案はこれまでにもありますが、それだけで起訴された事例はありません。起訴というゴールにたどりつけないのに逮捕するのは、やはり捜索・差押が目的であり、別件逮捕だろうと思われます。別件逮捕にはさまざまな問題点があるのですが、まかり通っているのが現実です」 ■ 別件逮捕にはどんな問題点がある? 別件逮捕には、具体的にどのような問題点があるのだろうか。別件逮捕の定義と問題点を整理してもらった。 「別件逮捕とは、逮捕要件の整わない事件(本件)の取調べ等をする目的で、逮捕要件の整った事件(別件)で逮捕・勾留することを言います。逮捕するためには逮捕の要件を満たしているかについて裁判官の審査が必要ですが、別件逮捕は、①本件について逮捕要件を審査を経ることなく、実質的に本件の逮捕ができるということ、②実質的に別件と本件で2倍の期間身体拘束が可能になるといった問題点があります」 本件の逮捕要件の審査をかいくぐる別件逮捕について、違法だとする意見もあるという。 「別件逮捕については、大きく2つの考え方があります。1つは、別件基準説と呼ばれるもので、別件(今回であれば麻薬特例法)について、逮捕要件を満たすのであれば、別件での逮捕は適法とする考え方です。もう1つは、本件基準説と呼ばれるもので、本件(今回は大麻所持罪)の取調べの目的がある場合、別件の逮捕要件を満たしていても、別件の逮捕は違法とする考え方です」 ■ 警察を訴えることはできないのか? 今年2月、大麻所持容疑で逮捕されたなみちえが警察の違法逮捕を訴えて東京都に勝訴したというニュースが報じられた。別件逮捕について違法という考え方があるなら、JNKMNが愛知県警を訴えることはできないのか。 「なみちえさんの件は、状況がまったく違いますので参考にはなりませんが、JNKMNさんの逮捕が別件逮捕に該当するため違法であるとして訴えることは可能です。しかし、裁判所は別件基準説に立っていると考えられているため、麻薬特例法での逮捕自体は適法と判断される可能性が高いでしょう。ただ、裁判所も余罪となる大麻所持について、捜査機関が好きなように取調べすることを認めているわけではなく、SNSの投稿で逮捕したのに、大麻所持についてだけ取調べるようなことは許されません。裁判所の逮捕要件の審査をくぐり抜けて、余罪捜査のために逮捕することが可能になってしまうからです。そのため捜査のやり方によっては、違法であると判断される可能性がないわけではありません」 ■ ラップで逮捕される可能性はある? 日本国内において、大麻の使用・所持は現在法律で禁じられているが、ストリートの現実を歌うヒップホップと、大麻を含む薬物は切っても切れない関係にある。ヘビーなラップリスナーなら実際に大麻を使用したことはなくても「ウィード」「マリファナ」「ガンジャ」といった言葉を日常的に耳にしているはずで、過去には「たかだか大麻 ガタガタぬかすな」という舐達麻のパンチラインがミーム化した。こうした中、SNSの書き込みで逮捕されるなら、ラップはいいのかという疑問が当然出てくる。SNSの投稿で逮捕された際に、自身の楽曲は問題ないのかと愛知県警に尋ねたJNKMNは「音楽はアートだろう」と言われたと語っているが、ラップで逮捕される可能性はないのか。 「ありえないと思います。例えば“大麻はいいもの”だと歌ったとしても、みんなに“大麻を吸え”と言ってるわけではない。リスナーが大麻を使うことをアーティストが意図してるわけではないですし、そそのかしには該当せず、歌詞で逮捕に至ることはないでしょう。大麻などの薬物を扱ったミュージシャンの楽曲から興味を持ったファンが、実際に薬物に手を出して逮捕されたケースも何件か見ていますが、それでアーティストが逮捕されたような事例はありません」 JNKMNの逮捕に反発した呂布カルマは、MCバトルで「マリファナやれ これで俺を捕まえられるなら捕まえてみろや お前らに唆してるぜ マイク握れ マリファナ吸え」とラップしているが、これはどうか。 「単なる反発であって、これも実際にファンに吸わせる意図はないでしょう。売り言葉に買い言葉で、警察からしたら“はいはい”という感じではないかと。例えば、大麻の入手方法を具体的に歌っていたら別ですが、そこまで具体的に歌ったら、今度は売人から目を付けられるでしょうし、そんな歌は誰にも響かないと思います」 ■ SNSの投稿と歌詞で何が違うのか? 大麻について歌った歌詞で逮捕されないことはわかったが、なぜSNSの投稿と歌詞で違いがあるのか。JNKMNは出所後すぐにリリースした楽曲「娑婆最高」において「たかが雑草、気付けろ梱包」と逮捕理由となったXの投稿に似た内容をラップしているが、もちろん逮捕されていない。SNSの投稿と歌詞の扱いの違いについて、法律的に説明できるのかを最後に聞いた。 「結局は警察の都合でしかないのですが、違いがあるとすれば、やはり助長の意図が存在するかどうかの可能性の有無で、同じ内容でもSNSの場合、本気でそそのかす意図が存在する可能性が考えられる一方、アーティストが歌詞で犯罪行為を広めようとすることは考えづらいのではないかと思います。かっちり法律を作ると、逆に抜け道だらけになってしまうこともあり、明確な線引きはありません。また、法律の解釈は社会や時代の変遷に合わせて変わっていくものです。今の法律についておかしいと思うことがあれば、意見していくのは正しいことだと思います」 ■ 長井健一弁護士(アディーレ法律事務所)プロフィール 刑事事件や少年事件を多数手がけるほか、交通事故、家事、相続、債務整理など幅広い分野に対応。メディア出演や講演依頼も多い。大阪弁護士会所属。 アディーレ法律事務所