「心外の至りであります」 路上で、見ず知らずの女児に突然キスをした85歳の男性は、公判のなかで、この言葉を何度も繰り返していた。 8月19日、東京地裁で向井香津子裁判官は、不同意わいせつの罪に問われた男性に対して「懲役1年6ヵ月、執行猶予4年」の判決を言い渡した。 「’25年5月7日、警視庁尾久署は、事件当時8歳だったAさんに対する不同意わいせつの疑いで、85歳の無職の男性を逮捕しました。この男性は『女児をかわいいなと思い、声をかけた。自分の欲求を抑えられなかった』と容疑を認めていました」(全国紙社会部記者) 起訴状などによると、4月初旬、この男性は散歩や買い物でよく通るという道を自転車で走行中、下校途中のAさんを見つけ、突然キスをしたという。 不同意わいせつの疑いをかけられたことはこの男性(以下、被告人)にとって冒頭の言葉どおり、非常に「心外」だったようだ。8月12日に開かれた第2回公判でも「自分がやったことを認めたくない」という態度に終始していた。 公判では検察官がAさんの母親の供述をまとめたものを読み上げた。そこには娘に異変を感じ、何が起きたかを知ったときの母親の衝撃が綴られていた。 「(帰宅時には)いつも元気に挨拶するAさんが、この時は静かで声が聞こえなかったので、不思議に思って様子を見に行くと、泣きながら手を洗っていました。髪の毛が乱れ、顔も汚れていて、明らかにいつもと様子が違うので、驚いて何があったか聞きました」 するとAさんは母親に「誰にも言わないでね。変なおじさんにキスされた。もう、やだ。学校へ行けない」と話したという。母親は供述書で被告に対する思いを次のように語っていた。 「母親として、娘にこんなひどいことをした犯人を許すことはできません。厳しく処罰していただくようにお願いします」 被告人の親族は示談金100万円を準備したが、Aさんの母親は示談に応じなかったという。 また、この日の被告人質問では耳が聞こえにくい被告人のために補聴器が準備され、検察官や弁護人はそれぞれヘッドマイクを使用して質問することとなった。 ◆頑なに「キス」したことを否定 弁護人の「子どもさんにキスをしたということですが、間違いないですね?」という事実確認に対して、被告人はどうしてもAさんにキスをしたことを認めたくないようだった。 「0点何秒のことで、キスをしたっていうようなことではありません」 弁護人が「ひとつずつ確認していきますね」と質問を続けたが、被告人の頑なな返答は弁護人を悩ませることとなった。 弁護人:子どもさんには何と声をかけたのですか? 被告:いっさい声はかけていません。 弁護人:声をかけずにキスをしたってことですか? 被告:ニコッとしたので、0点何秒でちょっと触った程度です。 弁護人:どこを触ったのですか? 被告:どこも触ってません。 弁護人が何度も「キスをしたのか?」という質問を繰り返したが、被告人は、「ほとんど0点何秒の話で、キスをしたってことでもないんじゃないかな」と頑なに「キス」をしたことを認めたくない様子を見せた。 それでも最後に、弁護人が「キス」という言葉を使わずに、「『このようなこと』を二度としないと約束できますか?」と質問すると、ようやく次のように答えたのだった。 「約束も何も、心外の至りです。天地神明に誓って、もうこんな馬鹿なことはやりません」 次に検察官が質問に立った。「あなたはキスじゃないと言いますが、なぜ、キスをしようと思ったのですか?」と質問すると、やはり次のようなあいまいな主張を繰り返したのだ。 「なぜか相手がこちらを見てニッコリしたので、もう0点何秒のことです」 「そんな(キスをしたいという)気持ちは毛頭、ありませんから」 しびれを切らした検察官が「被害者の女の子はどんな気持ちになったか考えないんですか?」と声を荒らげると、開き直ったような発言をしはじめる始末。 「私は悪いことをしたつもりはありませんから。(被害者の気持ちを)考えるつもりもありません」 そして「心外の至りです」を繰り返す被告人。 「さっきからあなたが言っている『心外』ってどういう意味ですか」と検察官が質問すると、「私が思ってるところとまったく矛盾してるので」と被告人。そして検察官が「何が矛盾してるんですか?」とさらに質問を重ねると「わかりません」と答えたところで質問が終わった。 ◆裁判官が強い口調で〝説教〟を たまらず弁護人が再び質問に立った。「もう二度と、こういうことはやらないと約束できますよね?」と念を押したが、「私は一度もやったことはありませんから」と、完全に開き直った態度の被告人。結局、「キスをしていない」という主張を撤回することはなかったのだった。 向井裁判官の質問にも同様の主張を繰り返す被告人に対して、ついに向井裁判官は強い口調で説教を始めた。 「見知らぬ人と、唇と唇をくっつけたらダメなんですよ! それ以外の相手が嫌がるだろうなと思うようなことも、触れあったりしてもダメなんですよ!」 その迫力に気圧されたのか、被告人は「わかりました。天地神明に誓います」と、答えるのがやっとだった。 その後の論告弁論で、検察官は「規範意識が欠如していることは明らかであり、再犯に及ぶ恐れはきわめて大きい」などの理由から「懲役1年6ヵ月」を求刑。一方、弁護人は「被告人なりに後悔し反省している」「今後、親族が更生を手助けすると約束している」として、執行猶予付き判決を求めた。そして、冒頭のように「懲役1年6ヵ月執行猶予4年」の判決が下されたのだった。 続けて、向井裁判官は「(被告人は)自己の行為と向き合っているとはいえない状況にあり、その責任には重いものがある」と厳しく非難した一方で、「前科がなく、親族や友人が更生を支援しており、監督が期待できるという事情もある」などと判決の理由を述べた。 公判のなかで検察官は、親族が被告人に宛てた手紙の中に「被告人が、自分がやったことを犯罪ではないと思い込むのがとても怖い」と書いてあったことを明かしている。 8歳の女の子に将来にも影響を及ぼすようなわいせつな行為を、「こんな馬鹿なこと」という軽い言葉で表現していた被告人。AさんやAさんの家族が受けた精神的な苦痛を、想像すらできていないのではないだろうか。同じ過ちを繰り返さないことを祈るばかりだ。 取材・文:中平良