最近、米国オレゴン州の小さな町で、オオカミの父親が姿を消した。死の真相はわからない。わかっているのは、オオカミを殺した人がいるということだけだ。これまでの事案を鑑みれば、おそらく密猟者は捕まらないだろう。 1930年代と40年代に、米ワシントン州とオレゴン州のタイリクオオカミ(Canis lupus)は狩猟によって絶滅に追いこまれた。再導入から数十年が経過したが、回復のペースは遅い。連邦政府の保護措置が断続的に続く今でさえ、両州合わせて数は430頭ほど。そのタイリクオオカミが、密猟という新たな危機に直面している。 230頭のオオカミが生息しているとみられるワシントン州では、2021年以降で密猟と確定または推定された事案が22件発生している。2021年までの4年間では7件だった。 オレゴン州の当局は、2021年以降で40頭近くのオオカミが密猟されたと見ている。その前の4年間と比べて2倍以上の数だ。専門家らは、この状況が続けば回復が妨げられる可能性があると言う。 オオカミは社会的な動物なので、死の影響は波及する。夫婦が協力して子育てをするので、親が死んだ場合はとくに影響が大きい。 通常なら、母親が子どもを見ているあいだ、父親が巣に食べものを持ち帰ってきて群れを養うが、繁殖可能なオスが死ぬとメスは窮地に立たされる。前年に生まれた子どもなど、群れのほかのオオカミが助けになるかもしれないが、親ほど活躍できるわけではない。 残された親は新しいパートナーを見つけ、年長の子どもたちは独立して、群れが崩壊する可能性が高い。オレゴン州のように、もともとオオカミの数が少ない地域では、新しい群れを作るのは難しい。 では、なぜこのような事態になっているのだろうか。オオカミの密猟に関する刑事事件は未解決になることがほとんどだ。逮捕につながる情報には1万ドル以上の報奨金がかけられているが、逮捕に至るケースは滅多にない。 生物学者や政府の専門家によると、絶滅の危機に瀕したオオカミと、その近くで暮らす人間のコミュニティとの間には、長年にわたる緊張関係が続いている。土地の所有者の中には、オオカミが自分の土地に入ってくることを望まない人々もいる。オオカミを追跡する政府に介入されたくないからだ。地元の牧場主が家畜を守るためにオオカミを殺したのではないかと疑われる事案も多い。 「野生動物を管理する仕組みを変えることが求められています。オオカミが保護の対象から外れれば、すぐに殺されてしまいます」。米ワシントンD.C.に本部を置く非営利動物愛護団体「全米人道協会(Humane World for Animals)」の動物人類学者、ナオミ・ルシュアン氏はそう話す。 オレゴン州魚類野生生物局のオオカミ専門の生物学者であるアーロン・ボット氏は、すぐに解決できる問題ではないということも含め、この問題の悩ましさを認識している。「野生動物は常に密猟が懸念されるものですが、物議を醸す動物が対象になれば、話は非常にややこしくなります。そして、オオカミほど物議を醸す動物はいません」