性暴力事件が後を絶たない。熊本県内の児童養護施設で起きた事件では、加害者が実刑判決を受けた後、被害を受けた女性が施設側を相手に民事訴訟を起こす事態にまで発展した。子どもを守るための場所で、一体何があったのか。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。(第1回/全2回) ■施設幹部「性的虐待には気づかなかった」 2022年4月、実刑判決が下された。被告は、児童養護施設の職員だった34歳の男性。入所していた少女に対して性行為を繰り返し、少女は妊娠、中絶。男性は逮捕され、熊本地裁が児童福祉法違反罪で懲役1年10月の判決を言い渡したのだ。男性は控訴したものの福岡高裁は棄却、同年7月、実刑が確定した。 それから3年後の2025年6月、新たに民事訴訟が起こされた。被害者の平山ひかりさん(仮名、24歳)が、施設を運営する社会福祉法人と当時の施設長に、被害を防ぐ義務を怠ったとして計2200万円の損害賠償を求めたのだ。 引き金は、2022年秋にあった社会福祉法人幹部との面会だった。平山さんは謝罪を受けるつもりで面会に臨んだ。ところが、施設側は「性的虐待には気づかなかった」とし、自分たちも被害者だという雰囲気を出しているように平山さんと代理人は感じた。過失を認めない幹部の言葉に、平山さんは提訴を決意した。 ■親という後ろ盾をなくしたこどもの居場所 提訴したその日、平山さんは代理人弁護士とともに熊本地裁の記者クラブで顔を出して会見を行った。ネットでの誹謗中傷や、人間関係の狭い地域社会でのいやがらせは十分あり得る。それらを見越した上での会見には平山さんの強い意志が見える。 まず、平山さんの生い立ちをたどろう。 平山さんが提訴した社会福祉法人慈愛園は、熊本市に法人本部があり、県下で乳児院や児童養護施設、障害者施設、老人ホームなどを運営している。 児童養護施設とは、何らかの理由により、こどもを養育することのできない親のこども(要保護児童)を保護し、養育する社会福祉施設のこと。国と自治体が養育を委託し、補助金によって運営される。親という後ろ盾がなく、立場を弱くされたこどもに対する人権や尊厳への配慮が特に必要とされる、社会的養護の最前線の現場だ。