10年前、20年前、30年前に『FRIDAY』は何を報じていたのか。当時話題になったトピックをいまふたたび振り返る【プレイバック・フライデー】。今回は30年前の1995年1月27日号掲載の『埼玉愛犬家殺人 本誌が掴んだ「もう1人の失踪者」』を紹介する。 1994年1月の大阪愛犬家連続殺人事件をきっかけに、ワイドショーで「埼玉県でも同じような行方不明者が出ている」と報じられたことから明るみに出た「埼玉愛犬家連続殺人事件」。1995年1月に被疑者である犬猫繁殖販売業者の元夫婦が逮捕された時点でも、この事件で一体何人の人が巻き込まれたのか、まだわかっていない状態だった。(《》内の記述は過去記事より引用。年齢はすべて当時のもの)。 ◆〝遺体処理係〟の自供から事件が発覚 1995年1月5日に逮捕されたのは、埼玉県江南町の犬猫繁殖販売業のS(53)と元妻のK(37)だった。容疑は会社役員のAさん(事件当時39)の遺体を焼いて群馬県の山中に捨てた死体損壊・遺棄。逮捕のきっかけとなったのは、Sの店の元役員・Yの自供だった。YはSにAさんの死体を見せられ「お前もこうなりたくなければ手伝え」と脅されて死体の処理を手伝ったと供述していた。Yも8日にSらと同じ容疑で逮捕されている。 AさんとSは犬の購入代金をめぐって揉めていたという。さらにSの周囲では、地元暴力団幹部・Cさん(失踪当時51)とその運転手Dさん(同21)や、主婦のBさん(同54)もAさんが殺害された1993年に相次いで行方不明となっていた。それだけではない。約10年前にもSと関係のあった3人が失踪しているといわれていたのだ。Sとはどんな人物だったのか。 《彼は中学校卒業後、ラーメン店などの職を転々とし、’70年代にアパートの一室でペット店を始めた。以後、何度か店を変えながら、ペットの売買を続けた。 「多いときには10匹ぐらい犬を飼っていたが、 以前は、餌にするため、畜産場で買ってきた牛や豚を店の前のトラックの上で解体し、近くの川を血で真っ赤にしたり、 庭に牛の首を捨てておいたり、近所から苦情が出ていた」(繁殖場近くの住人)。 「彼は平気で嘘をつき、大げさな話をする人間。ペットショップに訪れる客に対しても気に入らないと『帰れ』と、怒鳴ったりもした。それに、人を脅す材料として、店の中には刺青姿の若い衆の写真や暴力団のカレンダーを飾ったりしていた」(Sを知る同業者)》 ◆「人間なんか殺すのは簡単だ」 暴力団とのつながりもあったSは不明となっているBさんとは10年来のつき合いだったという。 Sは不動産関係でトラブルが生じたときにはBさんに処理を頼んでいたようだ。だが、最近はSの元妻であるKの母親の土地をめぐって、SとBさんの間に亀裂が生じていたという証言もあった。Bさんが自宅から姿を消したのは、それからまもない頃。家の中には複数の人間が押し入ったとみられるおびただしい数の足跡が残されていたという。 本誌は取材を進めていくうちに、Sが絡んだのではないかと思われるもう一つの失踪事件を掴んだ。 《Bさんとは別の組だが、やはり埼玉県北部に事務所があったという暴力団の組長が、’85年ごろから失踪していたのである。その頃と前後して、Sは近県の暴力団仲間などに多くの犬を売り付けていたという。事業の拡大を図ろうとしていたSと組長との間で一体、何があったのだろうか》 この組長はBさんと同じようにSとの間に土地関係の金銭トラブルを抱えていたともいわれていた。 Sは以前から「人間なんか殺すのは簡単だ。注射を打てばすぐ死ぬ」と言ったり、繁殖場にあった牛の肉などをミンチにする機械を指さして「この中に人間をぶち込んじゃえばわかんねえよ」などとうそぶいていたという。 そしてその後、この愛犬家殺人事件は世間を震撼させる連続殺人であることが明らかになっていったのだ。 ◆〝遺体なき連続殺人〟で捜査は難航 最終的にSとKはAさんら4人の殺人と死体遺棄の容疑で逮捕・起訴されることとなった。Sの手口は医師から処方してもらった、犬を薬殺するための猛毒・硝酸ストリキニーネを栄養剤と称して被害者たちに飲ませるというもの。そして、〝遺体処理係〟のYが暮らしていた群馬県の山中に運び、死体を解体。内臓や肉は細かく切り刻んで川に流し、骨は肉をきれいに削ぎ取って焼却していた。Sが言っていたという「ボディを透明にする」という言葉通り、遺体を跡形もなく消してしまったのだ。 遺体などの物的証拠がきわめて乏しいうえに、裁判ではSとKの元夫婦が互いに激しく罪をなすり合ったために裁判は長期化した。’01年3月、浦和地裁は検察の言い分をほぼ全面的に認め、SとKには死刑、遺体損壊と遺棄で起訴されたYについては懲役3年の判決を下した。’09年6月に最高裁は判決訂正の申し立てを棄却し、SとKの死刑が確定している。 また、Sの周囲では本誌が報じた暴力団組長のほかにも、報じられただけでもSが経営していたペットショップの元店員や、スナック経営者の女性などが行方不明となっていた。この中にはSが関与していた可能性がかなり高いものもあったが、遺体が発見されなかったことなどから、結局事件にはならなかった。 Sは’17年3月に東京拘置所内で病死した。Kは’20年9月の時点で東京拘置所に収監されており、殺人への関与を否定していたという。 人間の手で人間が〝消されて〟しまう──。世間を震撼させたこの事件には、まだ多くの謎が残ったままだ。