昨年秋の大統領選では、トランプ大統領が激戦7州を全て制してハリスに勝利し、同時に行われた連邦議会選挙でも上院と下院で共和党が多数派となったことで、トランプ圧勝という文字が先行している。 しかし、両氏の獲得票数で言えば決して圧勝という言葉は適切ではなく、来年秋の中間選挙を見据え、トランプ大統領にとってまずはこの1年半の政権運営が重要となる。【和田 大樹】 【対テロの優先順位は高くない】 トランプ大統領は米国を再び偉大な国家にするため、関税などを武器に諸外国から譲歩や利益を最大限引き出し、外国が持つ負担による米国への影響を最小限に抑え、米国の政治的安定や経済的繁栄を確保、強化しようとする。 また、諸外国の中で米国が特別な国家であることを維持するため、諸外国に対する米国の優位性を確保しようとし、特に中国に対する優位性確保を意識している。 これに照らせば、トランプ大統領は内政を基本としつつ、外交では対中国を最重要課題とし、自らのレガシー作りの一環としてウクライナや中東などの紛争に対応していくことになり、対テロの優先順位は高くないと捉えられる。 【依然として残るテロの脅威】 無論、以前と比べ、世界で1年間に発生するテロ事件数や死傷者数は減少傾向にあり、今日、米国にとって差し迫ったテロの脅威は存在しないと言えよう。 しかし、2010年代半ばにイラク・シリアで猛威を振るったイスラム国中枢が弱体化する中、近年はそれに忠誠を誓い、アフガニスタンを拠点とするイスラム国ホラサン州(ISKP)による対外的なテロ活動が目立つ。 昨年1月には、イラン南東部ケルマンで革命防衛隊のソレイマニ元司令官の追悼行事を狙った大規模な自爆テロ事件が発生し、100人あまりが死亡し、同年3月にはロシア・モスクワ郊外にあるコンサートホールを狙った襲撃テロ事件が発生し、140人以上が死亡し、ISKPが両事件を実行したとされる。 また、昨年夏のパリ五輪やドイツで開催されたサッカー欧州選手権などでは、ISKP関連のテロ未遂や容疑者の逮捕が相次いで報告され、テロ対策専門家の間ではISKPの対外的攻撃性への懸念は今日でも根強い。 また、昨年12月には中東のシリアで反政府勢力による攻勢により、50年以上にわたって同国を支配してきたアサド政権が呆気なく崩壊した。 攻勢を主導したのは2017年1月に結成されたシリア解放機構(HTS)のジャウラニ指導者であるが、ジャウラニは過去にイスラム国の指導者やアルカイダのメンバーらと強い関係を持っていた。 しかし、2011年にイラクからシリアへ戻った後はアサド政権の打倒というローカルな目標一本に絞り、アルカイダやイスラム国が戦略として重視するグローバルジハードとは距離を置くようになった。 そして、ジャウラニがアルカイダとの決別を宣言してHTSを結成すると、それに反発するメンバーらはアルカイダに忠誠を誓う武装組織フッラース・アル・ディーンを結成し、HTSと交戦するようになったが、HTSによる攻勢によって今日は弱体化している。 ジャウラニは宗教や民族の壁を越えた新生シリアの構築のため穏健路線に舵を切っているが、それに反発する者たちがフッラース・アル・ディーンなどの武装勢力に流れるだけでなく、シリア東部などではイスラム国によるテロ事件が増加しているとの情報もあり、シリアが再びテロの温床になることへの懸念もある。 しかし、トランプ政権がこういった対テロの問題に深く首を突っ込むことはないだろう。トランプ大統領が外交・安全保障政策の一環として、各地域におけるテロの脅威を根絶するため、各国の軍・警察の支援などに本腰を入れるとは考えにくい。 仮にあるとすれば、諸外国に存在する米国権益(米国大使館や米国企業、米国人)に対する大規模なテロ攻撃が発生し、テロ対策の強化で当事国に圧力を掛ける場合のみだろう。 【不法移民対策は対テロでもある】 トランプ大統領が重視する対テロは、外交・安全保障というより治安、国土安全保障というものになろう。 今回の大統領令でも、外国のテロリストや安全保障上の脅威からアメリカを守ることが含まれたが、トランプ大統領は早速、不法移民対策の一環として南部国境の非常事態宣言を発出し、メキシコと接する南西部の国境地帯に軍を派遣するとした。 実際、イスラム国などと関係するメンバーらがメキシコ国境を超えて米国に流入することへの懸念もあり、トランプ政権にとって不法移民対策を強化することは、イスラム国などのテロの脅威の流入を抑えることも意味する。 今日のデジタル化社会では、イスラム国やアルカイダなどのテロ組織はブランドやイデオロギーと機能し、それに感化された個人によるテロはいつどこで起こっても不思議ではなく、それを事前に食い止めることには限界がある。 よって、トランプ政権の4年間でもテロ組織のブランドやイデオロギーに感化された個人によるテロは発生することが予想されるが、不法移民対策の強化を前面に出すトランプ大統領としては、メキシコ国境から流入したイスラム国関係者が国内でテロを起こすというシナリオは避けなければならない。 同じテロ事件だったとしても、その後にトランプ政権が受ける政治的ダメージは大きく異なる。トランプ政権における対テロは、外交・安全保障というより治安、国土安全保障に大きく比重が置かれたものになろう。