中東の風景をバックにした男女の人形の写真。おしゃれで可愛く見えるが、これはイランやパキスタンなどで女性が父や兄弟たちによって命を奪われる「名誉殺人」の発端となった場面を再現している。大阪府在住の美術家・井上裕加里さん(33)は「“自分ごと”として考えられる作品をつくり、対話を生むきっかけにしたい」と語る。【前本麻有】 世界各国の男女の格差を示す「ジェンダーギャップ指数」。日本を含むアジアや中東は低い順位にあるが、「この指標は欧米の価値観に基づいているのでは?」と疑問を抱き、2022年6月、当時143位だったイランへ渡った。 おもちゃ屋へ行くと、剣やブルドーザーなどの男の子向けのおもちゃは青色、おままごと玩具や人形といった女の子向けはピンク色が基調で、店内は二分されていた。 一般家庭を訪ね、現地の女性たちと一緒にキッチンに立ってみた。「この国の男は料理をしない」「子どもは、私が毎日作る料理を食べても『おいしい』と言わないのに、夫がたまに料理をすると『おいしい』と言うの」と愚痴をこぼす。 一方、女性が集まってスープを煮込んでは「みんなで料理をするのは楽しい」と話す姿があった。ピンク色のおままごと玩具のように、料理は女性がするものといった性的役割が存在しつつも、そこに楽しさを見いだしている人もいた。 髪などを覆うヒジャブ。暑く、息苦しくも感じたが、実際にかぶることで「異性から性的な目で見られず、美醜の感覚を超えて、一人の個人として接してもらえる」と気がついた。現地に行ってこそ、見えたもの、感じたことがあった。 ところがその3カ月後、イラン国内でヒジャブのかぶり方が不適切だとして、道徳警察に逮捕された女性が死亡する事件が起き、女性の人権が軽視されている現実を突きつけられた。 現在、兵庫県尼崎市で開催中の個展では、イスラム版バービー風人形「フッラ」を使い、名誉殺人の発端となった「人前で踊った」「男性を目で追った」という場面を再現した作品と併せ、現地で撮影した女性たちの自然体で楽しそうな日常の映像も公開している。「ただ『抑圧されている、かわいそう』といったステレオタイプの見方は危険」といい、名誉殺人にまで至らなくとも日本でも「夫が料理をしない」と愚痴をこぼすことや「『はしたないから、やめなさい』と言われたことがある人もいるのでは」と問いかける。 広島県出身。服飾の短大へ進学するも、そこでファッションを学ぶうちに制服が同じ集団に属する「記号」であることなど、服がその時代や社会を象徴していることに興味を持ち、芸大へ編入した。 当時の教員が手がけていた韓国との交流展を手伝ったことを機に、自身も日韓交流展を続けている。韓国に渡った日本人女性、広島で被爆した韓国人女性などの取材もしている。「私にとって作品そのものは二の次。作品を通じて相互理解など、何かを考えるきっかけになってほしい」と願いを託している。 ◇ 30日まで兵庫県尼崎市のA-LAB(えーらぼ)で個展「JIN,JIYAN,AZADÎ 女性、命、自由」が開催中。入場無料、火曜休館。 ◇いのうえ・ゆかり 広島県福山市出身、2012年倉敷市立短期大学服飾美術学科卒、14年成安造形大学美術領域現代アートコース卒。23年第2回白髪一雄現代美術賞、24年女性史研究家・加納実紀代にちなむサゴリリサーチアワード特別賞など受賞。