一般人が普通に生活していれば、あまり縁がないと思われる麻薬や覚醒剤、大麻などの違法薬物。しかし、ニュースでは芸能人が薬物使用で逮捕されたり、薬物所持の疑いで送検されたりする事案がたびたび報じられており、薬物が少しずつ身近な問題になりつつある。近年では「大麻グミ」を食べた中学生を含む男女5人が、体調不良を訴えて病院に搬送されるといった事件もあった。 そういった薬物の所持や使用を取り締まるのが「マトリ」だ。今回ご紹介する『マトリの独り言 元麻薬取締官が言い残したいこと』(文芸社)では、長年マトリとして薬物を取り締まってきた著者・高濱良次氏が、自身の経験から昨今の薬物蔓延の危機に警鐘を鳴らしている。 まず、マトリとは一体どういった組織なのかを説明しよう。麻薬を取り締まるからには警察の中のイチ組織かと思いがちだが、どうやらそうではないらしい。 「『マトリ』というのは、現在の厚生労働省に設置された麻薬取締官の所属する組織で、薬物犯罪を専門に捜査する捜査機関の一つであります」(本書より) 一方、警視庁にも薬物を捜査する部署があり、そちらは「薬物銃器対策課」という。ちなみに薬物銃器対策課(当時は"組対五課"という名称)を一躍有名にしたのが、2016年の元プロ野球選手・清原和博の覚醒剤所持による逮捕だろう。 マトリと警察は捜査上協力することはあるが、全く異なる組織となる。通常、警察官なら逮捕状や捜索差押許可状を請求できるのは警部以上のところ、マトリでは階級制度もなく取締官一人ひとりがその権限を有している。 さて、そんな「マトリ」が取り締まる対象の「薬物」だが、時代と共に蔓延する種類や販売方法には変遷がある。日本の薬物汚染が始まったのは第二次世界大戦終戦直後、旧日本軍が軍需品として製薬会社に保管させていた「ヒロポン」などの覚醒剤が民間に放出されたことから。当時は眠気や倦怠感を除去する普通薬として販売されていた。 「この覚せい剤の乱用は、使用を続けるうちに耐性ができて使用する量も増え、更に効果の遅い錠剤では満足できなくなり、より即効性のある注射液が求められるようになっていきました。(中略)乱用による精神障害などの弊害が顕在化し、社会問題として大きくクローズアップされるようになり、乱用者の代名詞として日常会話の中でも『ポン中』という言葉が公然と使われるようになっていきました」(本書より) 当時のヒロポンをはじめとする覚醒剤は日本国内で製造されていたため、当時の警察が徹底した取締を実行。当時最高の約5万6000人の検挙者を出し事態は収束した。 しかし1970年頃になると、再び覚醒剤事犯が復活の兆しを見せる。そのとき流行したのは、白色無臭の覚醒剤「メタンフェタミン」だ。当初は液体状の覚醒剤を注射器で注入するのが流行っていたが、1970年代後半頃から注射器販売に規制がかかり、インシュリン用のプラスチック製注射器が使用された。中には、標本作り用のおもちゃの注射器で覚醒剤を打つ人もいたという。 1989年(平成元年)に入ると、外国人による薬物の密売が増え始める。扱うのは覚醒剤だけでなく、ヘロインやコカイン、LSD、大麻など多種多様だ。それらは東京なら道玄坂、名古屋はテレビ塔の下、大阪ではアメリカ村などといった若者の集まる街で売買された。そしてこの頃より、対面での販売から郵送や宅配便を使った非対面の取引が増加していく。 さらにその後――。 「1996年(平成8年)頃からは、インターネットの普及に伴い、ネットの掲示板に薬物密売情報が出現し始め、その掲示板を見た客からインターネットを通じて注文が入り、客には代金を銀行口座に振り込ませ、それを確認して薬物を郵送するという「ネット犯罪」が登場」(本書より) このように、インターネットを得意とする若年層が簡単に薬物を手に入れられるようになった。インターネットの普及に伴う薬物使用の低年齢化には、海外の「大麻解禁」も関係している。「海外では大麻は合法だ」といった情報がインターネットで拡散され、覚醒剤よりも罪悪感が薄いため、気軽に手を出してしまうケースもある。 「闇バイト」が世間を騒がせた際に匿名性の高いSNS「テレグラム」が注目されたが、近頃では「X」やそういったSNSなどを使って取引がおこなわれているとのことだ。 意外と身近にある覚醒剤や大麻などの違法薬物。本書は淡々とした語り口ながらも、薬物がいかに人々の生活にスルリと入ってくるか、またその恐ろしさなどを教えてくれる。「まさか自分が」とは誰もが思うことだろうが、心が弱ったときに"そちら側"へ転んでしまわないよう、本書を読んで薬物の怖さを再認識したい。