「私は2代目の教祖になるわけだよね」──。 オウム真理教の後継団体「アレフ」で、麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚の次男が指導的地位にあることがうかがえる音声をフジテレビが入手した。地下鉄サリン事件から30年。肉声の分析や関係者への取材を通じて、教団の人事や賠償拒否の背景に、その次男の存在が浮かび上がった。血縁によって継承され、信者がいまも帰依を深めている教団の実態とは。 ◆“グル”と自称 その日、記者のメールアドレスに数本の音声ファイルが届いた。 再生ボタンを押すと流れてきたのは、誰かに語りかける男性の声。 くぐもった声色の中で聞こえた一単語に、記者は耳を疑った。 「こういう風にさ、“グル”の意思。というか私の意思は色々示されている訳だけどさ」 “グル”――。 サンスクリット語で「師」を表すこの単語は、オウム真理教の教祖、麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚の教団内でのかつての呼称だった。 記者にメールを送信してきた人物は、この音声を同教団の後継団体「アレフ」内での会議中のものだとした上で、こう証言した。 「“次男”が教団に関与している証拠です」 ◆今も1000人超の信者 オウム真理教は1995年、地下鉄サリン事件や松本サリン事件を起こし、日本中を震撼させた。 松本元死刑囚らは逮捕・起訴され、2018年に死刑が執行。教団は1996年の最高裁決定を受けて解散したが、後継団体として国内で3団体が活動を続けているとされている。 中でも最大組織とされるアレフには、公安調査庁によると7月末時点で、全国に約1180人の構成員がいる。同庁は団体規制法に基づき、アレフに対し2000年以降、3年ごとに観察処分を更新し、収益事業で得た資産などの報告を義務づけてきた。 しかし、アレフは20年2月以降、報告義務を果たさなくなった。そのため23年3月からは「再発防止処分」が科され、教団の一部施設の使用や寄付の受領などが禁じられている。 ◆次男を“役職員”と認定 そんなアレフの指導体制は表向き、数人の幹部信者による「集団指導体制」とされてきた。 しかし25年7月、公安調査庁が新たな事実を公表した。 「松本元死刑囚の次男が14年ごろから組織運営を主導している」 これは教団内部での大きな転換を示すものだった。 松本元死刑囚の次男は現在31歳。松本元死刑囚は生前、自らの子どもたちを後継者に指名したとされており、その“遺言”通りに、水面下で組織運営がなされていたことになる。 さらに公安調査庁は、次男が同庁への不報告や、被害者への賠償金の未払いを主導しているとも指摘。そうした公表を受けて、公安審査委員会は25年9月、次男が「主導している」とは認めなかったものの、次男を教団の「役職員」であると認定した。 ◆フジテレビが入手した“肉声” フジテレビは教団関係者から、次男の肉声とされる音声ファイル計6本、約17分間分を入手。長期間にわたる裏付け取材の結果、捜査関係者や元教団関係者ら複数の人物が、次男の肉声だと認めた。 また、フジテレビは14年にテレビで唯一、当時20歳だった次男に取材をしていた。その際の肉声と、今回の音声の照合のため、専門家に声紋鑑定を依頼した。 2種類の鑑定手法で分析した結果、新旧二つの肉声が「同一人である可能性が高いと判断するのが妥当」との結論が得られた。 ◆音声が示す「指導的地位」 ある教団関係者によると、次男は主にオンライン会議を通じて、信者らに指示をしているという。 音声は、そうした会議を録音したものとみられ、次男自らが、教団内で宗教的にも実務的にも指導的立場にあることがうかがえる複数の記録が残されていた。 ――しばらく沈黙の行に入りなさい。 次男に修行を命じられた信者が、戸惑いながら、「すぐに……ということでしょうか?」と答える様子からは、次男を畏怖していることがうかがえた。 また、次男が幹部信者に対し、公安調査庁への不報告を指示するやり取りも記録されていた。 次男は詰問するような口調でこう言い放った。 ――徹底抗戦か靴なめるか、どっちかしかないんだよ。相手の出方が読めないんであれば。 ◆教団の人事権も掌握か さらに、次男が人事権を握っていることを示す音声も確認された。 教団の対外的な代表にあたる「共同幹事」を決める際の会議では、こうした発言があった。 ――共同幹事も他の人のほうがいいと思うんだけども、だれかやりたいというような人いません? 数分間にわたる沈黙のあと、男性信者が立候補すると、次男は拍手を送り、こう鷹揚に続けた。 ――そこで私やらせていただきますといえるのが、あなたの長所です。 ◆「私は2代目の教祖」 最も衝撃的なのは、次男が自らを松本元死刑囚の「後継者」と繰り返し称していたことだ。 ――わたくしは、2代目の教祖になるわけだよね。 ――グルの意思、というかまぁ私の意思は色々示されているわけだけどさ。 そして、そのように名乗る根拠として、こう語った。 ――父が○○正大師に託したことがあった。次男を「宗教の王」と、長男を現世の王と。で、母を宗教の後見人とする、と。 ◆元信者「次男の独裁体制が進んでいる」 次男が父に“託された”と主張する「宗教の王」の実態は、教団内で本当にあるのだろうか。 フジテレビの取材に、ある元信者は次男が実質的に権力を握っている事を認め、こう証言した。 「公安調査庁への不報告も、被害者への賠償金の未払いも次男の指示。次男は気にくわない信者を次々と追放し、教団内で独裁体制を敷きつつある」 また、元オウム幹部で現「ひかりの輪」代表の上祐史浩氏は、公安審査委員会が「次男が『転生祭』や『イニシエーション』といった儀式を行い、毛髪を信者に提供した」と認定したことについて、「松本元死刑囚と同じように振る舞うことで、『自らこそが2代目グルだ』と信者と元信者に印象づける行為といえる」と説明した。 さらに、元信者らから聞いた証言だとして、次男の強硬な姿勢をこう指摘した。 「不報告や未払いには教団内でも強い反対意見があったが、権力を握った次男が強行した。少しでも反対した信者はパージ(追放)され、教団に残るのはイエスマンのみになりつつある」 ◆絶大とされる次男の統率力 こうしたアレフ内での体制の変化について、一連の事件の被害者や遺族への支援をする「オウム真理教犯罪被害者支援機構」副理事長の中村裕二弁護士は、「『やはりそうだったのか』という印象を受けた」と語る。 同機構では12年、アレフに対して、確定した賠償金の未払い分10億円強を支払うよう求める調停を申し立てた。 当初は和解の方向で協議が進んでいたが、突然、アレフ側が翻意したという。 「幹部信者の中には、真剣に遺族への被害弁済を考えていた人もいた。しかし、突然口をつぐんでしまったことから、教団内で何らかの強い意向が働いたのではと推察していた」と振り返る。 公安当局によると、その同時期に、次男が教団内で影響力を強め始めたとされる。 「松本元死刑囚は生前、息子らを後継者と指名していた。今もその意向に従う信者は多く、次男の統率力や求心力は絶大だと想像できる。もし次男が犯罪行為を指示すれば、従う信者も出かねない」と警鐘を鳴らす。 ◆30年経っても終わらぬ事件 アレフは設立当初、その存在意義として「損害賠償の義務を果たす」ことを掲げていた。しかし現在は賠償を怠る一方で、資産は十数億円にのぼるとされている。 「被害者の多くは今も後遺症に苦しみ、生活が困窮している人も少なくない。蓄えられた資金が再びテロに使われないか、遺族は強い不安を抱いており、賠償を拒むことも決して許されない」。その上で、中村弁護士は訴える。 オウム真理教が地下鉄サリン事件や松本サリン事件を起こし、日本中を震撼させてから30年。 「30年が経っても、事件は終わっていないのです」 血縁によって継承された「グル」の地位。 被害者への償いを置き去りにしたまま、かつての権威が静かに再び形を取り戻そうとしている。 今あらためて、社会全体が風化を許さず、教団の実情を注視し続けていくことが求められている。(松岡紳顕)