韓国「内乱裁判部」が招く逆風…情熱より知恵が必要な時

4月4日に尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の弾劾審判の宣告日程が決まる前に、不気味な噂が飛び交いました。「8人の裁判官が5(認容)対3(棄却または却下)のデッドロックに陥った」、「ムン・ヒョンベ憲法裁判所長権限代行が宣告せずに退任し、ハン・ドクス大統領権限代行が尹錫悦大統領の残りの任期を全うする可能性もある」といったものでした。 宣告の日程が決まると、デマは消えましたが、大規模な保守教会の牧師たちは「弾劾は棄却または却下されるだろう」と大口をたたきました。人間は、自分のとんでもない希望が実現すると信じてやまない愚かな動物です。 尹前大統領の内乱首謀裁判の一審判決を控え、その時と似たような現象が表れています。 法律家ともあろう人が「非常戒厳は内乱ではない」と主張するケースもあります。「朝鮮日報」のキム・チャンギュン論説主幹は12月12日付のコラムで、「職権乱用などの他の容疑は適用されても、内乱容疑は民主党の希望がかなわない可能性もある。民主党内部ではその可能性を懸念しているという」と書いています。果たしてそうでしょうか。 彼らの主張とは異なり、刑法には内乱罪の構成要件が明確に定められています。第91条(国憲を乱すことの定義)にはこのような内容があります。 「本章において国憲を乱す目的とは、次の各号の1に該当することをいう。 1. 憲法又は法律に定める手続によらず、憲法又は法律の機能を消滅させること 2. 憲法によって設置された国家機関を強圧によって転覆またはその権能行使を不可能にすること」 1952年、李承晩(イ・スンマン)大統領は臨時首都の釜山(プサン)で戒厳令を宣布し、野党議員を逮捕した後、抜粋改憲を行いました。いわゆる「釜山政治波動」です。国会は1953年、刑法を制定し、大統領の不法戒厳令と国会議員の逮捕を内乱で処罰できるよう、国憲を乱すことに関連した条項を加えました。 尹錫悦大統領の「12・3非常戒厳」がまさにこれに当たります。チ・グィヨン裁判所が、尹錫悦大統領に内乱罪の無罪を宣告することは法律的に不可能です。もし無罪を宣告すれば、その日がまさに司法府最後の日になるでしょう。 問題はチ・グィヨン部長判事が尹錫悦大統領の拘束を取り消し、その後、裁判もずるずる引き延ばして常軌を逸した姿を見せていることです。チ・グィヨン部長判事のこのような行動は、欠位大統領選挙の直前、チョ・ヒデ最高裁長官の全員合議体が行った拙速裁判と相乗作用を起こし、司法府全体に対する不信感を高めています。 司法府に対する国民の不信感を理由に、共に民主党などの与党は内乱専担裁判部の導入、法歪曲罪の導入、最高裁判事の増員など、司法改革を進めています。国民の力など野党は、李在明(イ・ジェミョン)政権の司法府掌握だとして反発しています。暮らしの問題は消え、司法改革が政局の中心議題に浮上しました。 この事態を一体どうすればいいでしょうか。司法改革はどう進めるのが妥当でしょうか。まず一つはっきりさせておくべきことは、与党の司法改革案は違憲ではないという事実です。憲法には「司法権は裁判官で構成された裁判所に属する」という条項があります。三権分立の根拠です。立法府と行政府が司法府にできるだけ関与しないのが三権分立の精神です。 ところが、憲法は裁判官の資格、最高裁判所と各級裁判所の組織は法律で定めるよう委任しました。立法権は国会に属します。裁判官の資格と裁判所の組織を決めるのは国会の権限です。 裁判所組織法第7条(審判権の行使)には「最高裁判所長官は必要だと認める場合に特定の部に行政、租税、労働、軍事、特許などの事件を『専担』して審判させることができる」という規定があります。第62条の2には外国語弁論を「専担」する国際裁判部を設けることもできるという規定もあります。必要ならば、法律で専担裁判部をいくらでも新たに設置したり廃止したりすることができるわけです。 裁判所の構成に外部から影響力を行使するのは違憲だという主張も的外れなものです。憲法は最高裁判所長官に他の憲法機関である憲法裁判所の裁判官と中央選挙管理委員会の委員指名権を与えています。裁判所組織法は裁判官人事委員会と最高裁判事候補推薦委員会に法務部長官、大韓弁護士協会会長、法学教授会長、法学専門大学院協議会理事長など外部の人々が参加することを認めています。 内乱専担裁判部の設置が「処分的法律」であるため違憲だという主張がありますが、やはり的を射ていません。全斗煥(チョン・ドゥファン)・盧泰愚(ノ・テウ)軍事反乱と内乱を処罰するために制定した5・18特別法について、憲法裁判所は1996年に合憲決定を下しました。しかも内乱専担裁判部は「尹錫悦特別裁判部」でもありません。違憲という主張は全く説得力がありません。 だからといって、内乱専担裁判部の導入が望ましいとは思えません。専担裁判部はなるべく導入しない方が憲法上の平等の原則に合致します。専門家たちもその点を懸念しています。 最高裁判所が9日から11日まで司法制度改編公聴会を開きました。経済正義実践市民連合の市民立法委員長、チョン・ジウン弁護士は「内乱専担裁判部を認めると、次の政権では例えば選挙事犯専担裁判部を、その次には大規模災害事件専担裁判部を作れと要求するだろう」と指摘しました。 ムン・ヒョンベ前憲法裁判所長権限代行は「裁判所が速かにこの事件を処理すること、そして(内乱専担裁判部設置の)特別法制定の契機をなくすこと、これが王道」だと提案しました。パク・ウンジョン元国民権益委員長は「私が裁判の当事者になった時、事件配当に外部から関与したり政界の影響力が及ぶ特定の判事が(裁判を)担当するならば、承服できないと思う。司法府が今からでも実質的な内乱専担裁判部の役割を果たすものを作れると考えている」と述べました。キム・ソンス元最高裁判事は「内乱裁判の公正性に対する国民の不信を克服するためには、裁判所がまず、より積極的に国民が信頼できる措置を取らなければならない」と注文しました。 内乱専担裁判部の「実効性」も考えなければなりません。内乱専担裁判部は、尹錫悦内乱を迅速かつ確実に断罪するためのものです。ところが内乱専担裁判部を導入すれば、被告人が憲法訴願をしたり、裁判所が違憲法律審判を提請して裁判が中断される恐れがあります。 チュ・ミエ国会法制司法委員長は憲法裁判所法を改正し、違憲法律審判の中でも裁判を続ければよいと主張しますが、憲法第107条は「法律が憲法に違反するかどうかが裁判の前提となった場合には、裁判所は憲法裁判所に提請し、その審判によって裁判する」と定めています。憲法裁判所の決定が出るまで裁判を中断するのが常識的です。 にもかかわらず、李在明(イ・ジェミョン)大統領と民主党の指導部は内乱専担裁判部など司法改革案を強く推し進めています。李在明大統領は9日の国務会議で、「社会の不合理な点を改善し、正常化する過程では対立と抵抗が避けられない。これを乗り越えてこそ変化がある」と述べました。民主党のチョン・チョンレ代表は12日の政治改革連席会議で、「確かな内乱の清算こそ、あらゆる改革の先行課題だ」と発言しました。 民意はどうでしょうか。韓国社会世論研究所(KSOI)が10日に発表した世論調査で、李在明大統領の国政運営に対する支持率は55.7%でした。内乱専担裁判部が必要だという回答は49.4%、不要だという回答は39.5%でした。 韓国ギャラップが12日に発表した世論調査で、李在明大統領の職務遂行に対する支持率は56%でした。「現裁判部を通じて裁判を継続」が40%、「内乱専担裁判部を設置して移管」が40%で、同じでした (以上、中央選挙世論調査審議委員会のホームページを参考)。内乱専担裁判部の設置に対する賛成が李在明大統領の支持率より低いのは、大統領の支持層にも内乱専担裁判部について反対意見がかなりあるという意味です。 民主党内部では強硬論と慎重論が対立しています。チュ・ミエ法司委員長、キム・ヨンミン法司委幹事は強硬論者です。キム・ヨンミン議員は、「慎重論者の意見に従っていたなら、まだ尹錫悦を弾劾できなかっただろう。行動する政治が世の中を変える」と述べました。チュ・ミエ議員は「民主党もビビりすぎて、悪い方向に進もうとしている」と語りました。 キム・ヨンジン、イ・ヨンヒ議員は慎重論者です。キム・ヨンジン議員は11日、SBSラジオ「キム・テヒョンの政治ショー」に出演し、党がビビったというチュ・ミエ議員の発言が適切ではないと批判しました。 「政治は一人でするものではない。民主党もあり、祖国革新党の意見もあり、民弁(民主社会のための弁護士の会)など健康な市民団体がこの問題に関してもう少し熟慮し、意見を聞きながら、尹錫悦に審判を下すのにたった1%でも誤りがあってはならないという考えがあるのだ」 イ・ヨンヒ議員は12月7日、フェイスブックへの投稿でこのように綴りました。 「改革は常に正しいという信念や状況に対する怒りだけで、憲法と手続きを遵守せずに推し進めるわけにはいきません。歴史は、正しいことでも民意に背けば敗北に帰結することを数え切れないほど証明してきました。真の改革は、悪口を言われながら一人で寂しく進めるのではなく、国民と歩調を合わせながら拍手を受ける道の上で実現しなければなりません」 「今、私たちの中には『自分だけが正しい』という我執と怒りに便乗した過剰な政治的行動を日常的に行う一部の態度があります。これは国民を不安にさせ、政権勢力の支持率を落とし、結局全体を危険にさらします」 イ・ヨンヒ議員は10日、「京郷新聞」とのインタビューで、「指導部が作った修正案が2審から適用を目指すなら、必ずしも年内の可決にこだわる理由はない。用意しておいて、1審判決を見守ってから可決しても遅くない」と述べました。チュ・ミエ議員が、文在寅(ムン・ジェイン)政権の法務部長官時代、尹錫悦検察総長を職務排除して懲戒し、政権を譲り渡したことも指摘しました。 私は、キム・ヨンジン議員とイ・ヨンヒ議員の慎重論が正しいと思います。強硬一辺倒の無理な改革は抵抗と逆風を招くからです。今は情熱よりも知恵が必要な時です。皆さんはどう思われますか。 政治部先任記者 (お問い合わせ [email protected] )

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