昭和の日本人はなぜ海外で“暴走”したのか? 90年代まで続いた「売春ツアー」、経済大国の蛮行が現代に問いかけるものとは

筆者(キャリコット美由紀、観光経済ライター)は先日、当媒体に「鳥居で懸垂、放火容疑……日本文化を踏みにじる「傲慢インバウンド」 観光公害の末路? 他国軽視の背景とは」(2024年11月17日配信)という記事を寄稿した。この記事では、日本へのインバウンド(訪日外国人)の増加にともない、彼らの文化的な傲慢(ごうまん)やマナー違反が深刻化している現状を取り上げ、観光収入に依存する地域での地元住民への影響や、文化を「金で買えるもの」と見なす危険性について論じた。 また、イスラエル人男性がブラジルで黒人の荷物運搬係を「猿」と呼び、人種差別的侮辱と憎悪犯罪の容疑で現行犯逮捕された事件も紹介した。この事件は観光地における権力関係の歪みや、自国の経済的優位性や文化的優越感が影響を及ぼしていることを示している。 この問題は観光地における深刻な課題を浮き彫りにしており、日本にとってもひとごとではない。かつて日本人観光客は高度経済成長期に東南アジアを「発展途上国」と見なして侮辱し、 「買春観光」 の目的地として扱ったことがあった。経済大国としての傲慢さがアジアの人々の尊厳を傷つけ、結果として日本人観光客は「エコノミック・アニマル」とやゆされ、アジア諸国から強い反発を受けた。今回は、この過去の買春観光について、さらに深く掘り下げてみたい。 なお本稿では以降、買春ではなく「売春」という用語を使用する。買春は購入者側の責任を強調するため、政治的な意図が含まれるためである。なお、引用部分は原文のまま表記する。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加