シリアでアサド政権が倒れ、国民は独裁からの解放に歓喜した。ただ、割拠する反体制派の利害は異なり、米露のほかイラン、トルコなど周辺国の思惑も交錯する。国家安定への道筋は見えず、過激派の影響力増大も懸念される。 ■あっけなく陥落 イスラム過激派「シリア解放機構」(HTS)を中心とする反体制派は、11月27日から12月8日までの10日余りで北部アレッポなどの要衝を次々と手中に収め、首都ダマスカスをあっけなく陥れた。 政権軍は著しく士気が落ちていたもようだ。英紙デーリー・テレグラフ(電子版)は、ソ連時代と変わらぬ装備で兵士は薄給に甘んじ、政権にコネがある者が出世する仕組みだったと報じた。アサド大統領は4日、「兵士の給料を1・5倍にする」と発破をかけたが、効果はなかった。 一方、HTSは4~5年前から北西部イドリブの拠点で兵器や組織の近代化を進めていた。英紙フィナンシャル・タイムズによると、軍事教育を施すアカデミーのほか無人機やミサイルの製造工場を持ち、政権軍との戦闘や闇市場での取引でロシア製やトルコ製の兵器も入手していた。 ■国民融和を強調 HTSを率いるのは創始者で40代前半のジャウラニ氏だ。2003年のイラク戦争を機に国際テロ組織アルカーイダに合流。イラクで米軍に逮捕されて数年過ごした後、シリアで「ヌスラ戦線」を立ち上げて内戦に加わった。アルカーイダと決別して他組織と17年にHTSを設立した。 ジャウラニ氏は政権側との戦闘開始後、宗教・民族上の少数派を「保護する」と繰り返し強調した。国民を弾圧して恐怖政治を行ったアサド氏と違い、次期指導者候補として融和を重んじるソフトな姿勢をアピールする狙いとみられる。 ただ、中東の衛星テレビ局アルジャジーラによると、かつてHTSは異論を許さない強権的な組織運営を行い、ジャウラニ氏は「イスラム法」による統治を目指すと述べたこともあった。言動を見極める必要がある。 ■課題は団結維持