【元柔道塾長性加害裁判】歪んだ性癖から9人の児童に次々と犯行に及んだ被告の“届かない反省の言葉”

2025年『FRIDAYデジタル』が報じてきた数々の事件記事の中から、とくに選りすぐってお届けする【2025年凶悪&重大事件ワイド】。今回は柔道塾を経営していた男が9人の教え子に対して犯行に及んだ『元柔道塾長性加害裁判』を取り上げる。 『FRIDAYデジタル』では’25年6月27日の初公判から同10月22日の判決公判までを4本の記事にして報じた。当時の記事に新たな内容を加えて紹介する。 ◆スマホから発見された大量の児童ポルノ 事件の始まりは’24年11月7日、合宿中に男子児童A君の口に無理やりしょうゆを流し込んだ’23年5月の事件で、千葉県警が石野勇太被告を暴行の疑いで逮捕したことだった。暴行事件を捜査していく過程で、石野被告のスマホから大量の児童ポルノが発見され、性加害が発覚したのだ。 捜査員はその児童ポルノを解析。被害女児を一人一人特定していった。事件当時13歳未満だったBさんへの性的暴行で’25年1月7日に逮捕したのを皮切りに、同6月10日のIさんへの児童福祉法違反による逮捕まで、被害者は実に9人にのぼった。石野被告は児童への暴行や児童福祉法違反、不同意性交等、性的姿態等撮影、児童ポルノ禁止法違反など10の罪で逮捕起訴されたのだった。 ’25年6月27日の初公判では、検察官が6通ぶんの起訴状を30分間にわたって読み上げ、石野被告のおぞましい犯行の詳細が明らかになった。 《’22年~’24年の間に、事件当時13歳未満だったB~Fちゃん5人の元塾生女児らに加えられた性的暴行は、すべて被害者が寝ている間で、被害に遭ったことすら気づいていなかったという。石野被告からのスマホからは「眠剤合宿 寝るときに睡眠薬を飲ませる」などと記載されたメモが発見されていた。 「被告人は、合宿に参加していたBさんに性的なことをしようと考え、睡眠導入剤が入ったジュースを飲ませました。そして寝ているBさんに性的暴行を加えました」 「被告人はサービスエリアに止めた車中で寝ているDさんの着衣をめくって体を触ったり、性的暴行を加えました。また合宿中、寝ているDさんにも性的暴行を加えています。別の日には、やはり車中で寝ているDさんの顔面に射精した上、口の中に精液を入れるわいせつな行為に及びました」》 ◆「受刑者からいじめられる」 最後に逮捕されたIさんの事件の起訴状は’25年8月14日の第2回公判で読み上げられた。それは指導者の立場を利用して18歳未満のIさんに対して’21年に8回にわたり性的暴行を加えたという唾棄すべき内容だった。検察官が読み上げた供述調書でIさんは次のように石野被告への怒りを述べていた。 《「(石野被告に)体を弄ばれていると感じてはいましたが、(性行為を)断ると不機嫌になり、無視してきたり、わざと厳しい練習をしてくるので、嫌だと言えませんでした。 警察に被害届を出すかどうか悩んだものの、多くの被害者がいると聞いて、本当に許せないと思いました。被告人には、自分の行為が社会的に許されない行為だと理解してほしいので、厳しい処罰を望みます」》 警察での取り調べ時に石野被告は「知っている女の子の性的な部分が見たい、触れたいという欲求を我慢することができませんでした。ばれないように性行為に及ぶこと、性的な部分を見ること、盗撮をすることに興奮を覚えるという性癖を持っていたために、犯行に及びました」と、犯行を認めている。 法廷でも起訴内容をすべて認め、第2回公判でも自らの犯した罪を認めて謝罪の言葉を口にしていたが、その言葉が被害児童の保護者たちの気持ちを逆なでする場面もあった。 《被害者の保護者の感情を逆なでした発言の1つは、被害者代理人弁護士の「出所後はどうするつもりか?」という質問に、「実家に帰るつもりです」と答えたことだった。介護が必要な祖母や父親がいるからという理由だが、実家に帰ることは被害者の多くが住んでいる地域に再び姿を現すことを意味する。 また、宮本裁判長が「刑務所の中には、性犯罪者処遇プログラムというものがあるんですが、受けてみようという気持ちはありますか?」と質問すると、突然、大きな声で、何度も息を吐きながらこう答えたのだった。 「私の罪は性犯罪です。性犯罪者は同じ受刑者からいじめられるということが、読んだ本に書いてありました。実際、勾留期間中に、報道で私を知っている人が後から入ってきて、トラブルになったことがあります。なので、プログラムを受けたい気持ちはありますが、怖いという気持ちもあります」 被害者の母親は意見陳述で、このことに触れて、こう述べていた。 「本当に反省していて再犯しないつもりなのであれば、プログラムを受けるという以外の答えは考えられないところです」》 ◆反省の言葉はどこまで本気なのか また、この母親は、石野被告が子供の送り迎えの時間を厳守させて、合宿から保護者を遠ざけようとしていた点を指摘し、嗚咽しながら被告への怒りを訴えてもいる。 《「被告人は、自分の歪んだ欲望を満たすために、合宿で保護者の目が届かないようにして、早朝から夜まで、厳しい稽古をさせていたのだとわかりました。合宿は、被告人の性欲を満たすための装置として用意されたものとしか思えませんし、娘を被告人の指示のとおりに、この装置に送り込んでしまったことは悔やんでも悔やみきれません」》 論告弁論で検察官は「本件は柔道の指導者が教え子を狙った連続的犯行として、子供や保護者をはじめとした社会全体を震撼させた事案であった」と述べ事件の重大さを強調。さらに「被告人の人格の偏りや年少の女子を対象とした性的犯罪の傾向は極めて顕著かつ深刻で、再犯の可能性も非常に高い」と指摘し、「懲役25年」を求刑した。 一方の弁護人は、犯行が主に就寝中に行われたために被害者に直接的な苦痛をあたえていないこと、全日本柔道連盟からの除名処分が社会的制裁に当たるとして、「できるだけ寛大な判決を求めます」と述べていた。 ’25年10月22日に千葉地裁で開かれた判決公判で、石野被告に言い渡されたのは懲役22年の実刑判決だった。 宮本聡裁判長は判決理由について「睡眠中で無防備な状態にあり、記憶が残らない状況など、被害者を自己の性欲を満たすために利用した卑劣な犯行」として、「被害者の人数や犯行の件数の多さから、同種事案と比較しても犯情は極めて悪いと言え、相当長期間の実刑は免れない」と語っていた。 裁判を取材したライターの中平良氏は石野被告の今後について次のように話す。 「石野被告は公判で被害者代理人弁護士に『子供たちの信頼を裏切って犯行に及んだことについてどう思うか』と問われ、『被害者の子供たちには申し訳ないという気持ちでいっぱいです』と答えていました。今回の被害児童も含めた子供たちは、ほぼ毎日厳しい練習があるにもかかわらず石野塾が好きだといって通ってきてくれており、『石野先生、石野先生』と呼んで懐いてくれていたのに、このようなことをしてしまったと後悔していると語っていました。 その一方で、石野被告は、柔道塾を開けるほど柔道を修めた猛者ですが、「刑務所で性犯罪者処遇プログラムを受けると、周りに性犯罪者だとバレていじめられるから怖い」と発言していたことからも、気の小さい人間だと思います。 彼は、これまでに被害者に謝罪文を書いていません。それは全員に謝罪文を書くとなると、一人一人に行った犯行に向き合わなければいけないので、それが怖かったんだろうと思います。謝罪文を何万字書いたとしても、保護者は許さないでしょうから、保護者からむき出しの憎悪を向けられるのが怖かったんだろうと思いました。 結局、被害者の保護者からどれだけ罵詈雑言を浴びせられても謝罪を続けるという覚悟も反省もなかったのだろうと思います」 「これまで自分には柔道しかなかった」と言いつつも、償いのために今後柔道には関わらないとまで言い切った石野被告の更生の意志は、どこまで本気なのだろうか。 その後、石野被告は控訴することなく刑が確定している。

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