◆「一人で悩まず相談を」 若者らがせき止めや鎮痛剤などの市販薬を乱用目的で過剰摂取する「オーバードーズ」が社会問題となっている。過剰摂取を繰り返すうちに依存が深刻化し、薬を手に入れるために万引などの犯罪に手を染めるケースもあるという。自らもそうした経験があり、薬物依存症患者らの支援に取り組んでいる横浜ダルク・ケア・センター(横浜市南区)の山田貴志施設長(53)は「オーバードーズは身を滅ぼす。つらいことがあれば一人で悩まず、周囲に相談して」と呼びかける。 「悩みが吹き飛ぶよ」 山田施設長は父親の仕事の関係でタイに滞在していた高校時代、友人にそう誘われたのがきっかけでオーバードーズを始めた。 当時は両親が日本に帰国し、山田さんはタイで1人暮らしをしていた。英語に苦手意識があり、友達とのコミュニケーションに不安を抱え、学校の授業にもついていけなかった。悩みを打ち明ける人が周囲にいなかったため、ふさぎ込むようになっていたという。 最初は興味本位だった。せき止め薬を購入し、10錠ほど飲むと、それまで抱えていた不安が消え、優越感や多幸感に包まれていくのを感じた。「まるで魔法みたいだ」。しかし、長続きはしなかった。薬の作用が切れると再び強い不安に襲われ、それを打ち消すためにまた薬に手を出すという悪循環に陥っていった。 一方で、薬を飲むと勉強に集中できるようになったといい、「嫌いだった勉強が楽しくなり、学校の成績が上がった」。日常生活の好転を感じるとともに日本の国立大学を受験して合格をつかみ取った。大学入学を機にオーバードーズをやめようと思ったが、既に抜け出せなくなっていた。 摂取量は増え続け、大学進学後はせき止め薬を1日7瓶分も飲むようになっていた。買う金が足らず、親の財布からくすね、消費者金融からも多額の借金をした。ドラッグストアで薬を万引するようにもなり、警察に逮捕された。 消費者金融からの督促や薬に支配されている自分自身に嫌気が差し、「二度と薬に手を出さない」と心に誓ったのは28歳の時。大学を辞め、東京都の日本ダルクに入所したが都会は誘惑も多く、群馬県の藤岡ダルクに移って約1年間寮生活を送った。その後日本ダルクに戻り、完全に克服できたと実感できたのは30歳の頃だったという。 山田さんは「理性がなくなり、多くの人に迷惑をかけてしまった。二度とあの頃には戻りたくない」と当時を振り返り、訴える。「薬に依存する人は家庭や対人関係などで問題を抱えている人が多い。社会の助けを必要としている」