ある日突然、身に覚えのない事件の容疑者にされたら――。 札幌市中央区に住む70代男性は1月、警察官を名乗る人物ら3人から計370万円をだまし取られる特殊詐欺被害に遭った。うそのストーリーにのみ込まれてしまった要因は、1通の「逮捕状」だった。 「電波監理局員」を名乗る男性から着信があったのは1月中旬のことだ。 「12月に渋谷で携帯を購入しましたね?」「あなたの電話番号が犯罪に使われているので、あと2時間で利用を停止します」 全く身に覚えのない話だったが、強い口調で一方的に決めつけられると不安になった。 「どこかで番号が流出して悪用されたのかな」。詐欺ではなく個人情報流出を疑った。 しばらくすると、別の男性の声で「警視庁サイバー局の刑事」を名乗る者から電話がかかってきた。 「カナダのコロンビア銀行であなた名義の口座が作られ、6800万円の被害が出た」「マネーロンダリングで得た利益の1割をもらったはずだ」 犯罪に加担したと断定されパニックになる男性に「刑事」はこう言った。 「あなたに逮捕状が届いている」。驚いて玄関ポストを見ると、1通の封筒があり、中から東京地裁判事の印が押された逮捕状が出てきた。 逮捕状が容疑者の自宅に郵送されることはありえない。「警視庁サイバー局」や「カナダのコロンビア銀行」は架空の名称で存在しない組織だ。 だが、犯人扱いされて「無実を証明しないと」と焦る男性は話を信じてしまったという。 それでも不審な点はあった。 着信は全て「+1」から始まる国際電話だった。 「刑事」に理由を聞くと「極秘捜査のため普段とは違う番号を使っている」「警察や金融機関内部に共犯者がいるかもしれないので、このことは他言しないで」と説き伏せられた。 男性がうそを疑えなくなった段階で、詐欺グループは送金を指示した。 「無実証明のために、あなたのお金を金融庁の口座に移して調べたい」 電話の相手は刑事を名乗る50代くらいの女性に代わり、通話をつないだまま現金自動受払機(ATM)まで誘導された。 限度額設定のためか、ATM振り込みは一度に20万円までしかできなかった。それでも相手は「20万ずつ毎日振り込んで。残りの金は現金化して窓口から送金して」としつこく指示してきた。 結局、詐欺だと気づいたのは最初の電話から10日後だった。男性が熱を出して寝込んでいても送金を要求し続ける様子に、「警察がこんなことを言うかな」と不信感が高まったからだ。 男性は警察に通報し、詐欺グループと連絡を絶つことができた。だが、心には大きな傷が残る。 今でも携帯電話が鳴る度に動悸(どうき)がする。夜は2、3時間おきに目が覚めて「ニセ刑事」の声がフラッシュバックする。 「1人暮らしでニュースもあまり見ず、警察を名乗る詐欺があるとは知らなかった。誰かに相談できたらよかったんですが……」。男性はそう肩を落とす。 老後の生活資金を失った男性だが「また別のうその電話が来たら、見破れる自信がない」という。 「そのくらい巧妙な話しぶりだった。一人でも多くの人に、詐欺の手口と被害者のつらさを知ってほしい」【後藤佳怜】