イランでは引き続き不穏な状況が続いている。その理由は、ドナルド・トランプ米大統領がイランとイスラエルの停戦を突然発表したことだけではない。イランにとってもう1つの敵対勢力が、ひそかに動き出しているためだ。【トム・オコナー(外交問題担当シニアライター)】 その勢力とは過激派組織「イスラム国」(IS)。イランの東隣と西隣で活動してきたISは、いまイラン国内でも活動を活発化させている。昨年1月には、イラン南東部ケルマンでの自爆攻撃に対する犯行声明を出した。犠牲者はイラン革命後の事件で最多となった。 イラン当局は今年6月、イスラエルによる大規模攻撃に先立ち、ISメンバーとされる13人の逮捕と9人の処刑を発表している。 イスラエルとの交戦で国家機関や軍事施設、政府・軍関係者が標的にされ、イランの治安部隊はかつてない危機に見舞われている。混乱に乗じて、不満分子のいる社会に入り込むことを得意とするISにとっては、絶好のチャンスだ。 ISの歴史は、アメリカの中東への軍事介入と密接に関係している。イスラム教スンニ派の過激派組織であるISは、イラクの国際テロ組織アルカイダから派生した。 2003年春にアメリカ主導の多国籍軍がイラクに侵攻し、サダム・フセイン政権を打倒した後、アルカイダは米軍および対立するシーア派武装勢力への熾烈な闘争を開始した。 イランは80年代に、フセイン政権下のイラクと8年間に及ぶ戦争を続けた。イランにとってフセイン政権の崩壊は、同じイスラム教シーア派の国であるイラクに武装勢力を送り込み、自国の影響力を拡大する好機となった。同時にイランは大きなリスクも被った。 その後の政情不安によって超原理主義勢力のイラク・アルカイダ機構(AQI)、後のイラク・イスラム国の台頭を招いたのだ。 アメリカとイランは宿敵の関係にあった。だがISが台頭し始めた14年には、イラクと隣国シリアで進撃していたISに対する掃討作戦で共闘した。アメリカは国際的な有志連合を結成。イランはガセム・ソレイマニ司令官らを現地に送り込んだ。 イランが支援する武装組織のネットワーク「抵抗の枢軸」には、レバノン、イラク、シリア、イエメン、さらにアフガニスタンやパキスタンの組織が含まれる。 専門家の間には、11年12月に米軍がイラクから撤退した際に起きたように、宗派間の緊張が高まり、ジハード(聖戦)が再燃するのではないかという懸念がある。 「隙間が生じれば、必ず何かで埋められる」と、ニューラインズ研究所(ワシントン)のシニアディレクター、カムラン・ボカリは言う。「イランの力が弱まり、国内の治安維持力が低下すれば、ISにとっては間隙を突くチャンスとなる」 「ある意味で皮肉なのは、今のアメリカが地政学的、宗派的に真逆の立場にあるイランと戦っていることだ」と、ボカリは語る。彼が指摘するのは、トランプがイランとの共闘を経てISに対する勝利を18年に宣言しながら、現在はそのイランと対立している点だ。 ボカリはこの状況を「アメリカが抜け出せないジレンマ」と表現する。「シーア派やイランを弱体化させれば、ISのような勢力を勢いづかせることになる。逆もまたしかりだ」。既にISは、かつて「カリフ制国家」の樹立を宣言した地域で活動を活発化させている。 昨年12月にシリアでは、バシャル・アサド大統領が反政府勢力シャーム解放機構(HTS)に打倒された。「抵抗の枢軸」に加わるレバノンのシーア派組織ヒズボラも、イスラエルの攻撃で弱体化している。その中でISは今年6月22日、シリアの首都ダマスカスのキリスト教の教会で自爆テロを実行した。 「抵抗の枢軸」が崩壊すれば、イラクはさらに不安定化する恐れがある。「イラクは国家として一枚岩ではない」と、ボカリは言う。「非国家的勢力の寄せ集めにすぎない。クルド系、スンニ派、シーア派などの組織がたくさんある」 【ISと手を組む非ペルシャ系】 この10年ほど、イランのIS掃討作戦は主にイラクとシリアからの脅威に焦点が当てられてきた。ISはこの2カ国で衰退する一方、イランの東に隣接するアフガニスタンでは着実に勢力を伸ばしてきている。 アフガニスタンではアメリカが支援する政府とイスラム主義勢力タリバンの戦争が続き、その中でIS系の組織「ISホラサン州(IS-K)」が小規模ながらも活発な拠点を築いた。 シリア暫定政府と同様にアフガニスタンのタリバン政権も、国内のISを根絶すると宣言している。だがISは複数の国にまたがって拠点や活動基盤を維持し続けており、イランやパキスタン、さらに遠く離れた地域でも攻撃を行っている。 ISホラサン州は昨年1月、イラン南東部ケルマンで行われたソレイマニの追悼式典を自爆テロで攻撃し、100人以上を殺害。2カ月後にはモスクワ郊外のコンサートホールを襲撃し、約145人を殺害した。 モスクワの事件の容疑者は、タジキスタン出身の人物と特定された。ISはタジキスタンで少なくとも10年前から組織的な勧誘活動を行っているとみられる。近年では中国、イラン、ロシアと国境を接する中央アジア全域で少なくとも数百人がISに参加したと推定されている。 特にイランでは、アラブ人やアゼルバイジャン人、バルーチ人、クルド人で構成される大規模な非ペルシャ系コミュニティーに民族分離を求める動きがあり、彼らがISと手を組む恐れがある。 米国家情報長官室の元上級スタッフで、現在はインテリジェンス分析企業フラッシュポイントの幹部アンドルー・ボリーンも、イランの治安機構が弱体化した場合、ISやその関連組織が勢いを増す可能性があると考えている。 「イランがイスラエルとの紛争で大幅に弱体化すれば、イラン国内向けの治安機関や情報機関のリソースが外部の脅威への対応に回される可能性がある」と、ボリーンは言う。「そのような状況は、ISホラサン州が自分たちの敵と見なすシーア派政権へのテロ活動をエスカレートさせる絶好の機会になるだろう」 ISの戦闘員や彼らを支持する人々は、とりわけイランについては同国に多いシーア派イスラム教徒を「ラフィディ」という蔑称で呼び、軽蔑の念を抱いている。 今回のイスラエルとイランの紛争について、ISは機関誌アルナバの最新号で「ペルシャ国家とユダヤ国家の争い」と称して基本的には中立の立場を維持している。だがイスラエルによるイラン軍指導者の殺害を称賛して、こうも書いている。 「たとえイランが何千人ものユダヤ人を殺害したとしても、それによって彼らがイスラム教徒の友人や同盟相手になるわけではない。イランは不信心者のラフィディ国家であり、われわれの預言者の忠実な弟子や支持者に敵対的だからだ」 国連が設立した非営利団体「テック・アゲインスト・テロリズム」の上級アナリストであるルーカス・ウェバーは、「ISのプロパガンダは23年10月7日のハマスによるイスラエル襲撃以降、地域紛争にかなりの重点を置いている」と指摘する。 このことは、ISがカシミール地方をめぐるインド・パキスタン間の紛争やロシアのコーカサス地方で続く反乱、中国北西部の新疆ウイグル自治区での分離主義運動を利用しようとしていることからも明らかだ。 【大国間の摩擦を巧みに利用】 ウェバーはこれについて、ISホラサン州が「地政学的な緊張を利用して目的を推し進めることにたけている」証拠だと分析。彼らは繰り返し「地域紛争に戦略的に介入し、大国間の摩擦を巧みに利用して影響力と活動範囲を拡大している」と語る。 だがISホラサン州がその戦略を推し進めるには、イランのような不安定な国で拠点を確立する必要がある。「彼らは既に紛争の当事者である国の内部で安全保障上の隙を見つけ、そこを突いている」と、ウェバーは言う。 「国が複数の反乱や地政学的緊張に対応し切れなくなり、監視や対応能力が弱まったところを狙ってメンバーを勧誘し、自分たちのプレゼンスを強化している」 米ジョージタウン大学安全保障研究センターの招聘准教授で、かつて米国家安全保障会議(NSC)で大統領特別補佐官を務めたクリストファー・コスタは、イランが弱体化すればアフガニスタンからシリアに至る地域でISが再び台頭する可能性が高く、アメリカが引き続き彼らの主要な標的になるだろうと分析する。 「ホラサン州はISの分派の中でもおそらく最も大きな被害をもたらす力を持っており、危険なほど日和見主義の組織でもある」と、コスタは指摘する。 「ダマスカスの教会テロに見られるように、ISがシリアを不安定化させようとしていることが心配だ。ISホラサン州はイランの関連施設に対する直接攻撃も狙うだろう」と彼は語り、いずれも「報復と、メディアの注目を集めることが目的だ」という見方を示した。 「もちろん彼らは、チャンスさえあればアメリカ関連の標的を攻撃することを狙っているはずだ」