サントリーHD会長辞任の新浪剛史氏に「空白の13日間」 関係者逮捕からガサ入れまでに一体何があったのか

サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史会長の辞任が今月2日、突然に発表された。大麻の幻覚成分「THC」を含む違法薬物の密輸事件の関係先として家宅捜索を受けた新浪氏は、翌3日に行われた会見で身の潔白を主張。自身が購入したのは違法成分を含まない大麻由来サプリだという認識を強調した。この一連の経緯について元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士は「空白の時間がある」と指摘する。 私が弁護士として事件に取り組む時、最初に行うのは出来事を「時系列」に沿ってまとめることだ。そこで今回の件を順番に整理すると、ある「空白」に気付く。 新浪氏の自宅に福岡県警が家宅捜索に入ったのは8月22日。一方、新浪氏に問題のサプリメントを送ろうとしていたとされる知人女性の弟が、違法薬物事案で逮捕されたとされるのは8月上旬。そして、この逮捕について新浪氏は会見でこう語った。 「問題があったという認識が、彼女から私に教えてくれたんで。弟さんが捕まったと」 新浪氏は、週刊文春のインタビューでこの逮捕の一報を受けたのは「8月9日」と明かした。つまり、新浪氏は家宅捜索の13日前にサプリメント関係者の逮捕を知っていたことになる。その後に行われた新浪氏宅の家宅捜索では違法薬物は見つからず、尿検査も陰性の「空振り」に終わった。 では、関係者の逮捕を知ってから家宅捜索を受けるまでの13日間、新浪氏の周囲では何が起きていたのか。 薬物犯罪の決定的な証拠は、所持罪では薬物の現物、使用罪では尿検査等の結果だ。こうした証拠を押さえられないと立件のハードルが格段に高くなるため、薬物事案の強制捜査は相手に気付かれないよう「抜き打ち」で行うのが鉄則とされる。薬物関係者が捜査の動きに気付いたら、手元の薬物は処分するだろうし、体から薬物の痕跡が抜けるまで行方をくらます可能性があるからだ。厚生労働省の資料によると、大麻の違法な幻覚成分「THC」について尿検査が可能なのは摂取してから約1週間。これより時間が経つと正確な検査は困難になってしまう。 しかし、新浪氏宅への家宅捜索は独特の展開だった。新浪氏は家宅捜索を受ける前日である8月21日深夜、サントリーHD側に「サプリメントについて疑惑が生じている」と電話を入れ、翌22日に家宅捜索が行われたのだ。このため新浪氏の会見では「捜査情報を事前に知っていたのではないか」という質問が飛んだが、新浪氏は否定。家宅捜索翌日の8月23日から海外出張の予定があったと説明した上で、こう答えた。 「私のところに名前があるということをこの知人がその弟に伝えてたんで、その住所もあるということなんで、いわゆる捜査を受ける可能性はあるのではないか。海外出張の前にそういうこともあると。それであれば、やはり会社の方に言っておかなきゃまずいなと」 この答えには、新浪氏がなぜ「自分が8月23日から海外出張であることを福岡県警は知っている」と考えたのか、関係者の逮捕は8月上旬だったのに会社に事案を伝えたタイミングがなぜ家宅捜索の前夜になったのかなど疑問も残る。ただ、いずれにしても新浪氏が家宅捜索の「前」に、近く自分に捜査があると予測していたことは確かなようだ。 ということは、「新浪氏には家宅捜索の前に、その準備する時間があった」という考え方もできることになる。だが、新浪氏の会見では「関係者の逮捕を知ってから家宅捜索を受けるまでの13日間に何をしていたか」について、詳細な説明はなかったのではないか。 新浪氏の会見については、他にもさまざな指摘がされている。新浪氏は問題のサプリをわざわざニューヨークで購入した理由を「日本より米国の方が圧倒的に安い」と答えた。一方でそのサプリの受け取りについては「送り主がわからない物は廃棄する」と決めている家族に連絡していなかったため、廃棄されたのだろうと説明。お金を節約するためにわざわざ海外で安く買った品物を日本で、「廃棄」されるがままにしたという説明内容に疑問の声があがった。また送り主不明の荷物が不安な場合は、「そもそも受け取り拒否」という対応が自然に思えるが、新浪氏が説明した家族の決まりは「いったん受け取って廃棄」だった。 さまざまな疑問はあるが、薬物の現物と尿検査の陽性結果がない中、新浪氏に対して推定無罪の原則が強く働く。新浪氏の捜査を続けるのであれば、関係者の証言やメールなど周辺の客観証拠を固める地道な作業が必要となるだろう。 その一方で、新浪氏が経済団体などの公の活動を続けるなら、公人としての説明責任が発生する。「サプリメント」の送付について新浪氏と知人女性の間でどのようなやり取りがあったのか。どんなお金の動きがあったのか。そして、知人女性の弟が逮捕された後、一体何があったのか。明らかにされなければならない謎はまだ多く残っているように思う。 □西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうまワイド』『ワイド!スクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。昨年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。

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