元弁護士が被害体験を基に問う「人質司法」とは

機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)の冤罪(えんざい)事件を契機に、被疑者・被告人に対する長期の勾留が改めて批判を浴びている。同社の顧問・相嶋静夫さんは、逮捕・勾留中にがんが見つかり、8度にわたって保釈請求を行ったが、ついに亡くなるまで保釈はかなわなかった。東京五輪・パラリンピックをめぐり贈賄罪に問われ、1月22日に有罪判決を受けた「KADOKAWA」元会長の角川歴彦(つぐひこ)さんも、長期勾留を体験した一人だ。無罪を主張した結果226日間勾留され、4度目の請求でようやく保釈となった。勾留が長期化し、身体的・精神的苦痛を受けたとして、角川さんは国に賠償を求めている。 保釈を許可するか否かの判断は、裁判官が行う。裁判官が保釈を許可したとしても、検察官の不服申立てを受け、別の裁判官が保釈を取り消してしまうこともある。一般に、容疑を争うほど保釈は認められにくくなり、勾留が長引く傾向にある。あたかも人質のように長期にわたり身体を拘束し、自白を強いることから、「人質司法」と呼ばれている。 元弁護士の江口大和さんは、かつて弁護活動をめぐり逮捕された。無罪を主張し、250日間勾留された後、3度目の保釈請求で保釈となった。著書『取調室のハシビロコウ』(時事通信社)では、刑事弁護を手掛けてきた経験と自身の勾留体験から、人質司法の問題点を詳細に分析している。なぜ人質司法はなくならないのか、同書から抜粋・再編集して解説する。 ◇容疑を争うほど身体拘束が長引く勾留実務 日本の刑事裁判実務の特徴として、容疑を争ったり黙秘したりするほど、勾留とその延長が認められやすく、起訴後の保釈が認められにくい。特に重大な事件で容疑を争っていると、検察側証人の尋問が終了するまで、あるいは公判前の準備手続(公判前整理手続)が終了するまでは保釈が認められないという事態は、決して珍しくない。 なぜこのような勾留実務が生みだされているのか。大きな理由のひとつは、容疑が争われる事件や重大な事件では、検察官が必ずといってよいほど勾留とその延長を請求し、起訴後の保釈にも強硬に反対することにある。しかも、その際に提出される検察官の意見書は、被疑者・被告人の悪情状を誇張し、証拠能力が疑わしかったり信用性に問題があったりするような証拠であっても平然と引用して、証拠隠滅のおそれを想像力豊かに主張する。 より深刻なのは、多くの裁判官がそうした検察官の一方的な主張に引きずられ、結果として検察官の主張どおりに勾留を認め、保釈請求を退けてしまうことだ。私の事件(編注:江口大和さんは、2018年10月、交通事故を起こした男にうその供述をさせたとして、犯人隠避教唆の疑いで横浜地検に逮捕された。任意の取調べでは一貫して事実無根を主張し、逮捕後は黙秘に徹した)でも、2度目の保釈請求では裁判官がいったん保釈を認めたものの、検察官が不服申立てをした結果、別の裁判官3人が合議で保釈を取り消した。その約1カ月後、3度目の保釈請求が認められ、検察官はふたたび不服申立てをしたものの、そのときはさらに別の3人の裁判官によって保釈が維持された。けれど、2度目と3度目とで大きな事情の違いはなく、せいぜい公判前整理手続が少し進んだ程度だった。結局、2度目のときの保釈取消しこそが不当だったのだ。ここにも、少なからぬ裁判官が検察官の言うままに保釈を退けてしまう現実が表れている。 ◇個々の裁判官の責任が問われにくい構造 多くの問題を含んでいる人質司法が、長年問題視されながらも、いまだに是正されないのはなぜか。私が横浜拘置支所での勾留経験を経て感じたのは、「誰も責任を問われない」という構造だった。 勾留実務、取調べと処遇、閉鎖的な環境――いずれも被疑者・被告人を苦しめているにもかかわらず、裁判官も検察官も、担当者は責任を負うことがない。これが、人質司法を温存する最大の土壌となっている。 勾留実務に関しては、ひとつの事件で関与する裁判官が複数にわたる。 勾留決定、勾留延長に保釈、またそれぞれに対する不服申立てまでの各判断には、別々の裁判官が名を連ねることが多く、どの判断が決定的に誤っていたのかを特定することは難しい。そのため、個々の裁判官の責任が問われる事態になりにくい。責任が分散し、誰も矢面に立たないからだ。 勾留に携わった裁判官も、不服申立てをした検察官も、誰ひとり責任を負わない。責任の所在が曖昧になり、個人の判断が無責任のベールに覆われることで、行政も司法も立法も、人質司法を是正しようとする積極的な動機をもたなくなる。 この「相互無責任」の構造こそが、人質司法を半世紀以上も温存し、強固なシステムへと育てあげてきた大きな要因なのだ。 ◇人質司法をなくすには裁判を積み重ねるしかない 人質司法のシステムを是正するにはどうすればいいのか。残念ながら、立法による解決は期待しにくい。取調官は警察や検察が指揮監督し、留置場や拘置所は警察や法務省が管轄しているため、行政による自己改革も期待できないだろう。 残された道は司法である。人質司法の違憲性を訴える訴訟や、黙秘権を問う訴訟、取調べの違法を訴える訴訟、留置場や拘置所での処遇改善を訴える訴訟――ひとつひとつの訴訟は小さくても、積みかさなれば世論を動かし、司法の判断を変えてゆく力になる。 結局のところ、人質司法を崩してゆくのは、声を上げつづける人々と、その声を背景とした裁判の積みかさねだ。時間はかかるけれど、それが最もたしかな近道なのだ。 【著者プロフィール】 江口 大和(えぐち・やまと) 1986年長野県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、東京大学法科大学院を修了。2014年に弁護士登録した後、主に刑事弁護に携わる。18年に犯人隠避教唆の容疑で逮捕され、23年に懲役2年、執行猶予5年の有罪が確定。弁護士資格を失う。現在は法律事務所に事務員として勤務。検察官による違法な取調べ(※)により黙秘権などを侵害されたとして、22年に国家賠償訴訟を提起。1審では人格権の侵害が認定され、国に110万円の賠償が命じられたが、黙秘権の侵害は認められなかった。2審では1審判決を維持。26年1月現在、最高裁に上告中。 ※江口さんは逮捕・勾留中、検察官から57時間にわたる取調べを受けた。黙秘を続ける江口さんに、検察官は「ガキ」「お子ちゃま」「あなたの中学校の成績を見てたら、あんまり数学とか理科とか得意じゃなかったみたいですねえ」などと、罵詈(ばり)雑言を浴びせ続けた。取調べの一部はYouTubeで公開されている。

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