なぜこのタイミングで松井監督が誕生?前代未聞の危機迎えた巨人 イメージ回復に向けて救い求めた

◇巨人・松井秀喜新監督就任 【悲願の松井監督誕生】球団にとってもファンにとっても待ち望んだ巨人の松井新監督誕生。24年以来3年ぶりのリーグ制覇と、12年から遠ざかっている日本一への切り札として期待がかかる。新指揮官を巡る緊急連載。第1回は「なぜこのタイミングで松井監督が誕生したのか」に迫る。 夢じゃない。球団はもとより、ファンにとっても待望の「巨人・松井監督」の誕生だった。なぜ、このタイミングだったのか――。山口寿一オーナーは言った。 「今季、ジャイアンツは一つの危機であった年だと思っております。そこを力強く動いて、強いジャイアンツにしていくには松井監督にお願いするしかない。“どうしてもお願いしたい”ということを言いました」 NPB最古の創設92年を誇る球団が迎えた危機からの救いを求めた。5月下旬、阿部前監督が長女への暴行容疑での逮捕(不起訴処分)に伴って辞任。橋上監督代行を立て、レギュラーシーズン97試合を戦ったが阪神にリーグ連覇を譲った。「監督空位」のまま監督代行が指揮を執ったのは球団史上初。過去に類を見ない状況で、イメージ回復も含めた“救世主”が松井監督だった。 渡辺恒雄元オーナー時代からの悲願である。国民栄誉賞を受賞した13年には、当時球団会長だった渡辺氏が「(当時監督の)原君はまだやるけどね。その後は松井君は最適だよね」と次期監督候補に挙げた。14年1月にも長嶋さん、渡辺氏、当時の白石興二郎オーナー、松井氏で4者会談し、将来の監督候補としての入閣を打診されている。ただ、ニューヨーク拠点の生活に加え、子育ての状況などもあり、簡単に引き受けることはできなかった。 松井監督は会見で「私にとって何より大切なのは家族。家族の後押しがなければここに来ることはできなかった」と妻子に背中を押されたことを強調した。誰よりも監督就任を望んでいた恩師・長嶋さんが、昨年に死去したことも大きな転機となっただろう。 02年11月1日。FAでの大リーグ挑戦を表明した。伝統球団の重責を理解するスーパースターは「何を言っても“裏切り者”と思われるかもしれません…」と悲愴(ひそう)な言葉を紡いだ。あの日から実に8757日。愛する巨人軍のため松井秀喜が、帰ってきた。(巨人取材班)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加