1966年に起きた静岡県一家4人殺害事件の再審(やり直し裁判)で無罪となった袴田巌さん(89)側は9日、当時の捜査を担った静岡県警や起訴した静岡地検、有罪判決を下した裁判所にそれぞれ違法があったとして、国と県に対して、約6億800万円の損害賠償を求める訴えを静岡地裁に起こした。 弁護団によると、冤罪(えんざい)事件の責任追及をめぐって、有罪判決を確定させた裁判所の責任を正面から問う訴訟は異例だ。 袴田さんは、30歳だった1966年に一家4人の強盗殺人容疑で逮捕され、80年に死刑判決が確定。袴田さんは獄中から無罪を訴え続け、2024年の再審で無罪が確定した。袴田さんの犯行時の着衣とされた「5点の衣類」などについて、「捏造された」と認定されたことなどが無罪の決め手だった。 袴田さん側は訴状で、県警は捜査段階で様々な証拠を捏造し、「袴田さんを犯人に仕立て上げる方向で捜査をゆがめた」と主張。地検についても、袴田さんを犯人と決めつけて自白を強制したなどと訴えている。 裁判所に対しては、5点の衣類が捏造された証拠である可能性を十分に検討せず、犯行時の着衣だと認定して有罪判決を言い渡したことなどが「重大な過失」にあたるとして賠償責任があると主張した。 ■過去最高額に 約6億円の賠償請求には、1966年の逮捕から2014年に釈放されるまで約1万7千日あまりの逸失利益や、死刑囚として死刑執行の恐怖に直面したことへの慰謝料などが盛りこまれた。弁護団によると、再審事件をめぐる国家賠償請求訴訟の請求額としては、過去最高額になるという。 袴田さん側はこの訴訟とは別に、再審での無罪判決を受けて畝本直美・検事総長が公表した談話が、袴田さんを犯人視して名誉を毀損(きそん)するものだとして、国に損害賠償を求める訴訟を9月に起こしている。(滝沢貴大、遠藤隆史) ■袴田さんの姉・秀子さん「後に続く人のため道筋を」 提訴に合わせて、袴田巌さんの姉、秀子さん(92)が9日、支援者を通じて報道陣に動画を公開した。 国家賠償について秀子さんは「後に続く人がおります。再審で勝った人もいるし、これから勝たなきゃいかんっていう人もいる。そういう人たちのためにも、道筋をつけておかないといかんと思っている」と語った。巌さんの再審無罪が昨秋に確定してからも秀子さんは再審制度の改正に向けた活動を続けており、自身の活動が冤罪(えんざい)を訴える人たちの支えになるとの決意を述べた。 最近の巌さんの様子も紹介した。食欲旺盛で、好物のウナギを「一生懸命食べている」という。高齢で足が弱っているため歩行などには気を付けているというが、秀子さんは「巌は大変元気でございます」と笑顔で話した。 再審無罪の判決から1年の節目となった9月、静岡市内で集会が開かれることになり、秀子さんは巌さんに「静岡に行ってくる」と伝えた。すると巌さんは「何しに行くんだ?」と理由を尋ねたという。「今まで『あーそう』とか『うん』という返事だったが、ちょっとね、ものを余分に言うようになりました。自分が死刑囚ではなくなったということを認識しているんです。裁判に勝ったってことも認識しております」とも話した。 動画の最後は、こう締めくくった。「私もついででございますが、大変元気でございます」。