実録・人質司法である。 人質司法とは、検察・警察が被疑者の身体を長期間、拘束することで、自白させようとする手法だ。大川原化工機事件では、無実の人が、拘置所で胃がんが発見されながら保釈が認められず、医療を受けるのが遅れて亡くなっている。 著者は弁護士で、交通死亡事故の犯人隠避教唆の容疑で逮捕される。その時、取調べで黙秘したことから、250日にわたって拘置所に勾留されるのであった。 黙秘権は憲法が保障するものだ。著者の場合、問題となった出来事が2年以上前のことで記憶がおぼろげなことから、曖昧な供述を避けようと黙秘した。対して検察は「責任を自覚させる」などと言って、著者を人質司法の餌食にする。 本書は、その実体験から、人質司法のメカニズムを解き明かしていくものだ。そこでの読みどころは、担当検事の小悪人ぶりである。 たとえば検事は、押収した著者のメモ帳のコピーを取調室に持ち込む。そこには夫婦喧嘩の反省などが記されていた。そうしたもので著者の人柄を把握し、人格を攻撃するのだ。 その対象は妻にも及んだ。夫婦のLINEのやり取りを見て、「『です・ます調』だけど、仲悪いの?」などと訊ねる。なんと陰湿な嫌がらせであろうか。 こうした〈精神的拷問〉と長期勾留を相互作用させながら、被疑者を精神的に追い込んでいき、検察は自白へと誘導していくのだ。 長期勾留のしんどさのひとつに、その日の予定も分からなければ、この生活がいつ終わるとも知れないことがある。それはフランクル『夜と霧』がいう〈期限なき仮りの状態〉とも重なる。そうした精神的な危機にあって、人を支えるものは何か。あるいは名前でなく番号で呼ばれ、アイデンティティが消えていく中にあっても、自分の内に残るものは何か。――著者の場合、それは家族であった。 また獄に長くいると、人は自分の過去を考え続けてしまい、同時に今後の生活に思いを巡らせるうちに、人生をやり直したい気持ちになると、著者は言う。これが検察の狙いでもある。早く再出発したいとの思いから、自供に心が向かう人もいる。そのために、時に冤罪が生まれもする。 著者の場合はどうか。自分のこれまでを見つめ直した結果、家事・育児を積極的に行う善き父となって、家族のもとに帰るのだった。ちなみに河井あんり『天国と地獄』には、モラハラ夫だった河井克行が刑務所から戻って来ると、風呂やトイレの掃除を黙々とする人になっていたとある。 著者はそれにとどまらず、検察への反撃もする。くだんの検事の取調べは違法であると訴訟を起こすのだ。その過程で、取調べ映像を入手している。 かつて私的なメモの内容で著者に辱めを与えた検事は今、自らの醜悪な取調べの様子をYouTubeで世界に公開されている。 えぐちやまと/1986年、長野県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京大学法科大学院修了。2014年に弁護士登録した後、主に刑事弁護に携わる。22年に国家賠償訴訟を提起、最高裁に上告中。 あーばんしー/1973年生まれ。小学生の頃から週刊誌好き。月刊「本の雑誌」に「雑誌のほそみち」を連載中。