神戸市にあるマンションの一室の大型冷凍庫から、上下に切断された遺体が見つかり、被害者の元妻が死体遺棄の容疑で逮捕された。14年の沈黙を破ったのは“異臭”だった。 元京都府警 科学捜査研究所の矢山和宏氏は「今回、一般的な死体遺棄・損壊事件ではない。2つの違和感と不可解な点がある」と指摘する。 6月20日、神戸の中心部、閑静な住宅地のマンションの部屋にあった大型の冷凍庫から、体を上下2つに切断され、袋詰めにされた遺体が見つかった。警察の調べでは死後14年ほど経過していたとみられている。 現場マンションに親族が住む女性は、「(夫婦のことは)全然見たこともない」と話す。 2026年3月頃から、近隣住民が「異臭がする」と管理会社に相談。6月19日、管理会社が警察に通報。翌20日、施錠された部屋に警察官が立ち入った。玄関を入ってすぐのリビングに、異臭を放つ大型冷凍庫があった。 横94cm、高さ87cm。上フタを開けるタイプのものだ。プラグは差さっていたが、電源は止まっていた。警察官が冷凍庫を開けると、上半身と下半身がそれぞれ別の袋に入れられた遺体を発見。遺体は2段に重ねられ、上半身はTシャツ、下はトランクスを着用していた。 警察によれば、遺体は一定期間冷凍され、その後電源が切れて腐敗した可能性があり、電気代の支払いを何らかの理由でやめていたとみられる。 一方、矢山氏は、電源が入っている冷凍庫でも遺体は腐敗し始めると指摘する。「通常、警察がDNA鑑定をするために細胞を保管するが、マイナス60〜80度の超低温槽“ディープフリーザー”を使う。(現場の冷凍庫が)業務用と聞いているが、通常はマイナス20〜30度ほどの冷凍機能。何年間も保管すると細胞の一部が壊れていく現象がある」。 加えて、「冷凍機能がなくなり腐敗が進むと、いろいろな細菌類が湧き、腸などが膨張して上フタの扉が開いてしまう。そこから臭いが漏れ出ることはあるのかな」とも推測した。 司法解剖の結果、遺体はこの部屋に住む西口豊さん(57)と判明した。決め手は身体的特徴だとし、死因は不詳とした。死亡したのは約14年前、2011年12月ごろと推定された。この部屋は2002年7月から、西口さんの元妻の名義で借りられ、現在に至るまで契約が続いていた。 遺体発見から3日後、西口さんの元妻である望月亜紀容疑者(50)が死体遺棄の疑いで逮捕。「私がやったことで間違いありません。ひどいことをしたので、言い分はありません」と供述した。望月容疑者は、逮捕前日、捜査本部に「自分がやった」という趣旨の連絡をしてきたという。 西口さんと望月容疑者は、望月容疑者が契約していたマンションで同居していたが、死亡したと推定される2011年の翌年に、離婚届が出されていた。現在、望月容疑者は現場マンションから徒歩30分程度の距離にある神戸市内の別のマンションで生活していた。 しかし引っ越し後も家賃を支払い続け、遺体を遺棄したとされる後も部屋に複数回出入りしていたという。殺害をほのめかす供述もしているとされ、警察は殺人も視野に捜査を進めるとしている。 それでもこの事件は、不可解な謎を残している。矢山氏が抱く違和感、それは遺体の切断方法についてだ。「今回おへそを中心に、上半身下半身に分けたということで、なぜその方法をとったのかに違和感。お腹にある腸などの処理をどうしていくか。背骨や腹大動脈といって大動脈とか静脈がある大きい血管、そこの処理が一番手間になる」。 1994年の井の頭公園バラバラ殺人事件では、遺体が細かく切断され、血液は洗い流されほとんど残っておらず、指紋部分も刃物で削り取られ、身元が分からなくされていた。その後、わずかに残っていた遺体の指紋から身元は判明したが、犯人は分からないまま、2009年に時効を迎えた。 矢山氏によれば、犯行を隠蔽する目的で遺体を細かく分断するケースがあるというが、なぜこの事件では遺体が上下2つに切断されていたのか。「バラバラにして遺棄することも可能だったと思う。死後硬直でカチカチに動かなかった。曲げることができなくて、焦って切断を試みたのかというような。他にもいろいろな原因はあるが、何かしらの不可解な要素がある」。 さらに不可解な点は、なぜ容疑者は遺体を遺棄した後も、部屋にたびたび訪れていたのか。「何かしらの執着だったり、感情的なものが考えられる」。離婚後も家賃を支払い続けていた望月容疑者。地元の不動産会社によると、このあたりの相場で家賃約10万円。15年間で推定、総額約1800万円払っていたことになる。 望月容疑者の自宅近くの飲食店経営者は「近所なので来店していたかもしれないが、顔が分からない」と話していた。 一方でこんな謎も残る。なぜ西口さんは14年前に死亡したとみられているのにも関わらず、誰にも気づかれなかったのか。行方不明の届などは出されていなかったという。 「被害者と容疑者との関係性に、何かしらの執着であったり愛着であったり、そういう背景がこういう形になることは、まれにある」(矢山氏) (『ABEMA的ニュースショー』より)